第48話 開口
レッドグリフォン討伐クエストを達成し、サンヒートジェルマンにあるギルドハウスへ転移する。その応接室の中で、ムーン・ディライトは目をパチクリと動かした。その瞬きの間に、フブキがアストラルとホレイシアのふたりと共に姿を現す。
「さて、無事に戻ってこられたようですので、お座りください。アストラルは私の隣にお願いします」
フブキに促され、彼らが椅子に着席する。ムーンとホレイシアが横並びに座り、机を挟んでフブキとアストラルも椅子へ腰かけた。
それから、フブキが目の前に見えたムーンに頭を下げる。。
「さて、事情を説明する前に、マスター、ありがとうございます!」
「いきなり、なんだ? 照れるじゃないか」
頬を赤く染めたムーンが前髪がない額を掻く。そんな獣人の少年の前で、フブキは凛とした表情で背筋を伸ばした。
「では、ご説明いたしましょう。私の目的は、アストラル・ガスティールを私たちのギルドに向かい入れることでした。今週のルナディアの朝、深緑の夜明けから応接室に送られてきた書類を読み、今日、アストラルが新人研修という名目で、ギルドハウスにやってくると知りました。その時、思い出したんですよ。アストラルの父親から聞いた娘の話を。アストラルは自分にしか助けられない者を積極的に助ける優しい子。そんな子が、私と関わりのある錬金術研究機関、深緑の夜明けの新人研究員になった。正直に言えば、これは運命だと思いました」
「ウソ」と呟くアストラルが隣のフブキから目を反らす。その間にもフブキは話を続けた。
「あの日の夕方、第六地区の広場でミカの未練を果たすという情報を所長から入手。そこへマスターに向かわせ、アストラルと接触させました。多くの人々を助けたいと考えているマスターなら、アストラルと打ち解けることができると予測していました。念のため、ホレイシアも少し遅れて現場へ向かわせましたが、その必要はなかったようです。そして、今日、深緑の夜明けの新人研究員としてやってきたアストラルは、ふたりきりになったタイミングを狙い、マスターを自身の夢を叶えるための相棒にしようとする。その機会を伺っていました」
「つまり、フブキはアストラルを仲間にしたかったんだよね? そんな回りくどいことしなくても、仲間にしたい人がいるって推薦したら、ムーンならすぐに賛成すると思うよ」
フブキの隣でホレイシアが疑問を口にする。だが、フブキは首を横に振った。
「いいえ。それではマスターのいいところが伝わらず、難しい勧誘活動になっていたでしょう。こういう時にだけ頼りになるマスターなら、夢を叶えらないまま錬金術の研究者として生きていくアストラルを助けることができると思ったので、一計を案じました」
「フブキは俺のことを頼りになるって思ってたんだ。すごく嬉しいぞ!」
ムーンが笑顔で胸を張る。一方で、アストラルは眉をしかめていた。
「だから、私はまだあなたたちの仲間になると決めたわけではありませんよ。それに、錬金術の研究をしながら副業でギルド活動なんて、できるはすが……」
「レッドグリフォンと戦う前、土を採取していましたね?」
フブキの指摘を耳にしたアストラルが目を見開く。
まさかと思い、試験管の中に採取した土をアストラルが召喚する。それを電灯に照らすと、彼女は納得の表情を浮かべた。
「やっぱり、そうだったんですね。どうして、あそこにだけネスカイムが生息しないのか。その答えが、これだったんですよ」
「なんだ? なんかわかったのか?」
そう尋ねる獣人の少年の前で、アストラルが試験管をムーンに手渡す。
それからハーデス族の彼女は、何かに気が付いたようにその場に座り、草が生えた地面を爪で抉った。その爪先に付着した土をジッと見ていたアストラルの頬が緩む。
「やっぱり、そうだったんですね。どうして、あそこにだけネスカイムが生息しないのか。その答えが、これだったんですよ」
「なんだ? なんかわかったのか?」
そう尋ねる獣人の少年の前で、アストラルが枯れた茶色い草を掻き分け、露わになった地面を指で示した。
「見てください。土の中に白くキラキラと光るモノが混ざっているのが見えるでしょう? 詳しい鑑定をしなければ正確なことは分かりませんが、おそらくここの土にはアルカリ性の物質が染みついてるようです。その成分を中和させる研究を深緑の夜明けに提案しろとフブキは言いたいようです」
彼女の推測にフブキが頷く。
「正解です。錬金術研究機関と困っている人々の架け橋のあなたには、その土地の問題点を錬金術で解決することができます。この一件を副業を認めさせるための交渉材料にしてはいかがでしょう。もちろん、私も交渉に参加します」
「そうだ。俺にもできることがあるんだったら、俺だって霊を助けたいぞ。俺たちの仲間になって、一緒に困ってるヤツをいっぱい助けようぜ。生きてるヤツも死んでるヤツも関係ねぇ。困ってるヤツ、全員来い!」
瞳に炎を宿したムーンが、力強く握った両手をブンブンと振り回す。
その一方で、ホレイシアは眉を潜めながら腕を組んだ。
「うーん。私も賛成したいけど、フブキ、アレどうするの? 新メンバーは就職試験で採用しようって言ってたよね?」
「そうですね。後々のことを考えると免除というわけにはいかないでしょう。ということで、本当に私たちの仲間になりたいのなら、コレを二十四時間以内に開けてください」
そう言いながら、フブキは右手の薬指を立て、空気を叩いた。すると、指先から黒の正方形の箱が飛び出す。
だが、その条件を聞き、机の上にある箱を手にしたアストラルが、腕を組む。
「うーん。悪いけれど、その条件は難しいですね。明日から一泊二日で新人研修旅行が入っていますので」
「なるほど。では、今、ここで開けてください。必要があれば、錬金部屋を貸します。あそこには箱を開けるために必要な素材がありますので」
「えっ、今から?」とアストラルが驚き目を丸くする。
「深緑の夜明けの就職試験よりは簡単なので、いい暇つぶしになると思います。まあ、あなたならすぐに開けられると思いますが……」
フブキがそう言うと、アストラルは覚悟を決めたような表情で席から立ち上がった。
その右手には、フブキから渡された箱が握られている。
「はぁ。今日は何も生成しなくていいと思ったんですが、まあいいでしょう。それで、錬金術書は?」
「こちらです」とフブキが右手の薬指を立て空気を叩く。そうして、指先から錬金術書を召喚すると、彼女は目の前のアストラルにそれを手渡した。
「簡単に試験の説明をします。この錬金術書を読み取り、その箱を開けてください。制限時間は三十分とします」
「制限時間三十分って、流石にそれは……」と苦笑いを浮かべたハーデス族の彼女が渡された錬金術書に目を通す。
人にはちょうどいい温度がある。
昨日の風呂は最悪だった。
五分も浸かれば、体が溶けてしまいそうだった。
残されたモノを抱きしめた私は、冷たい海に浮かんでいる。
そこに記された文書を目で追った彼女は試験官のフブキの隣で右手を挙げた。
「すみません。キッチンに案内してくれませんか?」
意外な申し出をしたアストラルに対して、フブキは表情を変えることなく尋ねる。
「なぜそこに案内しなければならないのでしょう?」
「そこに必要な素材がありますので」
「必要な素材って?」
ホレイシアが疑問を口にすると、アストラルは首を縦に動かした。
「塩と水道水です」
堂々とした態度で答えたアストラルの前で、フブキが拍手を応接室に響かせる。
「正解です。では、実演をお願いします」
「なんだ? 実験か? アストラルがその箱を開けるとこ、俺も見たいぞ!」
興味津々な顔をしたムーンに対して、フブキがため息を吐き出す。
「まあ、いいでしょう。マスター。来てください。もちろん、ホレイシアも一緒に」
そうして四人は応接室から食堂の奥にあるキッチンに移動した。そこに立ったアストラルがキョロキョロと周囲を見渡す。その仕草をジッと見ていたホレイシアは、近くにいるフブキに視線を向ける。
「ねぇ、フブキ。手伝っていい? 必要な道具準備するだけだから」
「もちろんです。勝手が違うキッチンでは、道具を探すのも一苦労ですから」
「うん。分かった」と頷いたホレイシアが、アストラルの右隣に並ぶ。
「アストラル。何を探してるの?」
「この箱よりも少し大きな鍋と計量カップを一つずつ、銀色の小さなスプーンを二つお願いします」
アストラルが右手で持った箱を左右に振る。
「分かった。ちょっと待ってて」
優しく微笑んだホレイシアが、キッチンの近くにある棚を開け、鍋を取り出し、調理場に置く。それから、彼女は食器が並ぶ棚の引き出しを開け、小さなスプーンと計量カップをハーデス族の彼女に差し出した。
「はい。これで必要なモノは全部揃ったんだよね?」
「はい。ありがとうございます。それと、塩はこれでしょうか?」
首を傾げたアストラルが、調理場の片隅に置かれた透明な正方形の箱を指で示す。その中には白い粉末が大量に入っていた。
「うん。そうだよ」とホレイシアが明るく答えると、アストラルが調理場の蛇口を開き、水を流す。そこに計量カップを置き、水を注いでいく。二百ミリリットルの水を溜め、小鍋に投入する作業を五回繰り返し、小鍋の八割が水で満たされると、今度は塩が入った箱を開け、一本のスプーンで白い粉末を掬い上げる。
その動作を見ていたフブキがアストラルの左隣に並び、右手を挙げた。
「質問です。塩の量は?」
「海と同じで三十四グラムです。水道水に塩を投入後、この不純物が付着していないもう一つのスプーンで成分を拡散。次にこの箱を塩水に五分間浸けた後、錬金術書が示す生成陣が記された生成陣の上に塩水をしみこませた箱を置けば、開きます」
アストラルが自信満々な答えを口にしながら、未使用のスプーンで水をかき混ぜる。それから箱を塩水に浸けてから五分が経過すると、彼女は右手の薬指を立て、空気を三回叩く。
指先から黒い正方形の石板と白いチョーク、白い手袋が召喚されると、彼女は調理場の上に石板を置く。
白の手袋を両手に填めた後、白のチョークを握った彼女は、石板に生成陣を記す。
東に土の紋章
西に凝固を意味する牡牛座の紋章
南に水の紋章
北に発酵を意味する山羊座の紋章
中央に塩を意味する地球の紋章
それの紋章が記された生成陣の上に小鍋を置くと、塩水の中で箱の一面が溶けていく。鍋を覗き込んだアストラルが手袋を嵌めた右手で箱を掴み上げ、フブキに差し出した。
「はい。開きました」と口にしたアストラルの左隣でフブキが頬を緩める。
「合格です。一定量の微生物が含まれている水道水を素材に使うとは、流石ですね」
「おお。やったな。今日からアストラルは俺たちの仲間だ!」
自分のことのように喜ぶムーンの隣でフブキが小さく首を横に振る。
「マスター、手続きは週明けに行うので、正確に言えば、まだ仲間ではありません」
「そっか。アストラル。これからよろしくね」
ハーデス族の少女の元へと近づいたホレイシアが笑顔で右手を差し出す。その手を掴み、握手を交わしたアストラルの隣で、フブキが彼女と視線を合わせる。
「アストラル。これで私の新人研修は終わりです。午後からは明日から始まる新人研修旅行の準備をしてください」
「はい。ありがとうございました」とアストラルが頭を下げる。
こうして、新たな仲間を加えた新人研修は幕を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます