第30話 詐欺

 一時間後、ギルドハウスの食堂に両耳を尖らせた白髪の天才少女が顔を出した。

欠伸をした彼女は、向かい合った状態で朝食を食べ終わったふたりの元へ歩み寄る。


「マスター、ホレイシア、完成しました」

 そう声をかけられたホレイシアは席から立ち上がり、背後を振り向き、フブキと視線を合わせた。そのハーフエルフの彼女の右肩には、小さな黒龍が乗っている。

 同時に席を離れたムーンは、興味津々な表情で現れた白髪の少女の元へ歩みを進める。


「おお、フブキ。なんかできたらしいな。俺にも見せてくれ!」

「はい。今回、生成したのはこちらでございます」と近づいてくる獣人の少年に視線を向けたフブキが右手で持った金色の首輪を彼に見せた。


「では、早速……」と呟くフブキがホレイシアの右肩の上で休んでいる黒龍の首に触れ、首輪を取り付けながら、黒龍になったクラリスに声をかけた。


「改めて自己紹介をします。フブキ・リベアートです」

「……ありがとう。これでみんなと話せるね」


 不思議なことに、近くからクラリスの声を聴いたホレイシアは目をパチクリとさせた。

「スゴイ。あの術式使ってないのに、ちゃんと伝わるなんて……」

「はい。昨日ホレイシアに手紙で教えたあの術式を応用して生成した首輪です。これを使えば、首輪を取り付けたモンスターや動物と自由に会話することができます。もちろん、近くに動物と話すことができる獣人がいなくても」

「おお、それはスゴイな! これなら、ここにホンモノのクラリスがいるって伝わりそうだ」



「はい。ところで、クラリス。あなたの額に埋め込まれているのは……」

 頷いたフブキが黒龍の額で光る紫色の水晶をジッと見つめた。その正面に、うっすらと魔法陣のようなモノが浮かび上がっている。

「これ多分、私が持ってたネックレス」

「なるほど。そうでしたか。これで謎が解けました」


「おい、フブキ、謎ってなんだ?」

 フブキの近くにいるムーンが不思議そうな表情で首を傾げる。すると、フブキは首を縦に動かし、説明を始めた。


「ムルシエドラコは鉱石を体内に取り込み、額にその成分を蓄積させる習性があるんです。例えば、火炎石を取り込めたら、額から炎を放てます。おそらく、クラリスは、無意識のうちに、あのネックレスを取り込んでしまったのでしょう。ネックレスに加工した携帯型石板を。つまり、クラリスは、あのネックレスを経由して、誰にも知られることなく、チップを手に入れたようですね」


 推測を口にしたフブキの隣で、ホレイシアが目を丸くする。

「……もしかして、石板と同じ能力も使えるってこと?」

「はい。ただし、できることは、手紙や贈り物をそのまま召喚することだけで、新たに魔法陣を記し、額から術式の効果を発動させることはできません。まだ試していないので確信はありませんが……」

「そうなんだ。あっ、フブキ、お腹空いてない? 朝ごはん食べてから、お屋敷に乗り込まない?」

 ホレイシアが両手を合わせると、フブキは無表情で首を縦に動かした。

「そうですね。お願いします。作戦は朝食を食べる前にお伝えします」



 それから一時間後、ムーンたちはペランシュタイン家のお屋敷の門扉の前にやってきた。雲一つない青空の下で、ホレイシアの右肩に乗っているクラリスが今まで暮らしていたお屋敷の外装をジッと見上げる。

 その一方で、相変わらず黄緑色のローブのフードを目深に被り顔を隠しているホレイシアは、珍しそうに前方に見える洋館を見つめていた。


「ここがペランシュタイン家のお屋敷なんだね?」

 そう首を傾げたホレイシアが右隣に立つ獣人の少年に視線を向ける。

「ああ、そうだ。中もスゴク豪華な感じだったぞ!」

 頷くムーンの左隣で、白いローブで身を包むフブキが右手の人差し指を立てる。

「おしゃべりはここまでです。それでは、打ち合わせ通りに行きます」


 間を開けることなく、フブキが呼び鈴を鳴らす。すると、すぐにカルトが応答した。


「どちら様でしょうか?」

「はい。セレーネ・ステップのフブキ・リベアートです。少々お伺いしたいことがあり、訪問しました。どうか、三分だけお時間を頂戴できませんでしょうか?」

「別に構いませんが……」とカルトが口にするのと同時に、固く閉ざされた門扉が開く。

 三人はそのまま真っすぐ歩き、目の前に飛び込んできた玄関の扉から中に入った。


 その先では、黒いスーツ姿のカルトが佇んでいる。

「セレーネ・ステップの皆様。本日はどういったご用件ですか? 人探しクエストなら既に依頼をキャンセルし、依頼料の半額を支払うと決まったはずですが?」

 

 豪華でキラキラと光る照明の下で広がる真っ赤な絨毯を踏みつけたカルトが首を傾げる。だが、フブキは納得の表情を見せない。


「その前に、昨晩、このお屋敷に帰ってきたというクラリス・ペランシュタインに会わせていただきますか? 無事を確認することができれば、納得いたします。それとも、会わせられない理由があるのですか?」

 フブキが冷たい視線をカルトに向ける。それに対して、カルトは息を飲みこんだ。


 すると奥から玄関先に向かい、一人の黒髪少年がカルトの元へ歩み寄ってくる。


「カルト、どちら様?」

 黒い長ズボンと白い七分袖のシャツを合わせた清楚な雰囲気の少年が、カルトの右隣に並び、首を捻る。

 その少年の胸元には紫色の水晶のネックレスが垂れ、左手の甲にはエメトの紋章が刻まれていた。


「ちょうどいいところに来ました。紹介します。こちら、昨晩お屋敷に帰ってきたクラリス・ペランシュタインです」

 そこにいたのは、少女だったクラリスとは似ても似つかない少年。その顔を見たムーンの顔が青く染まる。

「マジかよ! かわいいクラリスの面影がない!」

 頭を抱えるムーンの右隣でホレイシアが苦笑いを浮かべた。


「お嬢様はシステムの影響で性転換したところ、何者かに誘拐されたようです。それで、昨晩、監禁されていた廃墟から逃げ出し、お屋敷に帰ってきたんです。それが分かったらお引き取りを……」


 カルトの説明を聞きながら、フブキがクラリスを名乗る少年の元へ歩みを進める。


「便利な時代は終焉を迎えます」

 一瞬頬を緩めたフブキが、クラリスと名乗る少年の左手首を自身の左手で掴む。そこの刻まれた紋章をジッと見つめた彼女は右手の薬指を立て、空気を叩く。

 フブキの指先から飛び出した小さな氷柱が少年の左手の甲に触れた瞬間、少年の全身に鳥肌が立った。

 急な寒気に襲われた少年は、咄嗟にフブキの手を振り払い、目の前にいるヘルメス族の少女を睨みつける。


「いきなり、何ですか?」

「妙ですね。あなたの左手の甲、黒いシミができています。ホンモノの能力者なら、青白く発光するはずなのですが……」

 少女に冷たい視線をぶつけられた少年は、慌てて自分の左手の甲を右手で押さえた。

「インチキです!」と声を荒げる少年をフブキが嘲笑う。

 

「そう思うなら、震えながら待っていてください。いずれ錬金術研究機関、深緑の夜明けが論文を発表しますから。とある素材を使えば、能力者の紋章を青白く発光させることができるって。そうなれば、あなたは冷たい牢獄の中に囚われるでしょう。それでも自分がクラリス・ペランシュタインだと名乗るつもりなら、カルトにお聞きします。この子は誰でしょうか?」


 冷たい目をした天才少女が、ホレイシアの右肩の上から飛び上がった黒龍を左手で指す。



「カルトさん、その人ニセモノ気を付けて」


 その小さな黒龍から発せられた声を聴き、カルトは思わず目を見開いた。


「その声、間違いありません。クラリスお嬢様です!」

「全く、あなたの記憶力はネコ以下ですか? 昨日、クラリスは小さな動物になっている可能性があるって言ったのに。例のシステムの影響で性転換したと伝え、人々を騙す詐欺師を信じるなんて。これだから人間は……」


「おい、フブキ、言い過ぎだ!」とムーンがフブキの声を遮る。

 一方でフブキは反省する素振りを見せず、凍り付くような瞳にクラリスを自称する少年の姿を映し出した。


「怒りをぶつけたいなら、使ってみたらいかがですか? 錬金術を凌駕する異能力。使えるんですよね? 異能力者さん」

 希少種族の少女に煽られた少年は右手を握りしめ、目の前にいる彼女に殴りかかる。だが、その拳は彼女に届かない。

 

「クソ、なんで当たらないんだ?」

「そんな汚い言葉を使うなんて、自分がニセモノだって自白してるようなモノですよ?」

 不敵な笑みを浮かべるフブキが左手の薬指を立てる。

「うるさい!」と大声で叫ぶ少年がフブキとの間合いを詰める。だが、次の瞬間、少年が蹴り上げた絨毯がツルツルと凍り付き、滑った彼は体勢を崩した。


「マスター、今です!」とフブキが洋館の玄関先で声を響かせる。それに反応するように、いつの間にか長刀を構えていたムーン・ディライトが、崩れようとしている少年との間合いを一瞬で詰め、彼の背中に鉄の刀を叩き込んだ。


 滑った詐欺師の少年の背中が、絨毯の上に叩きつけられる。

 だが、少年は気絶することなく、体を小刻みに震わせ、その場に立ち上がった。


「クソ。二対一なんて卑怯だ!」

「吠えるのが好きみたいですね。例のシステムの不具合に目を付けた詐欺師さん」

 全てを見透かしたような瞳を見た少年は戦慄し、体を小刻みに震わせた。

「あっ、ああ。そうだ。ユーノとかいうヘルメス族の女に邪魔されて、誘拐に失敗したが、神様は俺たちを見捨てなかった。システムの不具合で性転換したと言えば、大金が手に入るはずだったのに……」


 ペラペラと自白する詐欺師の少年は、密かに右手の薬指を立てた。

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