副業ギルド~未知の物質を生成できるようになった獣人錬金術師は、副業で最強ギルドを結成したい~

山本正純

SEASON1

第1章 

第1話 告白

 錬金術で財を成した巨大国家、アルケア。

 その国の八大都市、サンヒートジェルマン。


 一年中温暖な気候が続くビルの谷間を、黄緑色のローブを着た少女が歩いた。先を急ぐたびに、地面から熱気が伝わってきて、フードで顔を隠した少女の額から汗が落ちる。


「大事な話って、何だろう?」


 ボソっと呟いた少女、ホレイシア・ダイソンの頭に、ベージュ色の短い髪の少年の姿が浮かび上がった。その幼馴染の顔を思い出すたびに、少女の頬が熱くなる。

 待ち合わせ場所に近づくたびに、彼女は胸をドキドキとさせていた。


 そんな少女を、一組の若いカップルが追い越していく。


「そういえば、もうすぐだな! 漆黒の幻想曲」

「えっ、そっち? そこは、EMETH《エメト》システムの実証実験でしょ? さあさ、早くしないと、会見始まっちゃうよ!」


 お互いに手を繋ぎ、仲良さそうに歩くふたりの姿を見て、ホレイシアは思わず立ち止まった。


「はぁ。私もあの子たちみたいになりたいよ」


 本音を漏らした少女が一歩を踏み出すと、彼女の目の前を人々が埋め尽くす。

 彼らは近くのビルに設置されている大型モニターを見上げていた。

 

 なんだろうと思いながら、顔を上げたホレイシアが目を丸くする。


 大型モニターに映し出されたのは、銀色の髪を腰の高さまで伸ばした長身の女性。切れ長の青い目をした女性の胸はとても大きく、多くの人々を魅了してしまう。

 

「私はアルケミナ・エリクシナ。五大錬金術師の一人。早速だが、一時間後に行われるEMETHプロジェクトについての会見を行う。このプロジェクトの目的は、伸び代がなくなっている錬金術に代わる、新たな技術や理論を発掘すること。このプロジェクトによって人類は、新たなる領域に進化することができる。すなわち、このプロジェクトによって人類は、絶対的な能力を手に入れることができる。そのためにフェジアール機関は三年前からアルケア政府と協力してシステムの開発を行ってきた」


 

 錬金術を凌駕するという新たなチカラ。それに対して、人々は期待を抱く。そんな浮かれる人々が密集する歩道を進み、彼女は草草が生い茂る公園へ辿り着いた。


 茶色い地面を踏みしめ、散歩をする人々や、緑色の丘の上で遊ぶ子供たち。歩きながら、いつも通りな人々を目にしてきたホレイシアは、その場に立ち止まって、首を捻る。


「まだ、来てないのかな? いや、もしかしたら……」


 立ち尽くしたホレイシアが瞳を閉じ、思考を巡らせた。すると、そんな彼女の背後から、公園へ呼び出した少年の声が聞こえてくる。


「おーい」という少年の声を耳にしたホレイシアは、フードで隠した顔を明るくして、背後を振り向く。

 その先には、黒髪ロングの若い女に声をかけているベージュ色の短い髪を伸ばした少年の姿があった。

 中肉中背な体系の少年の身長は、ホレイシアよりも数センチ高く、垂れた茶色い目には、ピンク色のハートマークが浮かんでいる。


 黒い半そでシャツに、薄手の紺色の長ズボンといった服装の少年は、女と向き合うように立ち、右手を前に伸ばす。


「姉ちゃん。暇かい? だったら、俺と……」

「相変わらずだね。人を呼び出しといて、他の子を誘うなんてさ」


 数メートル先にいる少年、ムーン・ディライトの前へ少女が詰め寄る。それから、ホレイシアは少年の近くで困惑している女に頭を下げた。


「お姉さん、気にしないでください。ムーン。とりあえず、あっちのベンチに座って、話そっか」


 ホレイシアが視線を右端に見えた黄色いベンチに向けながら、ムーンと呼ばれた少年の右耳を引っ張る。一方で、ムーンは痛みで眉を顰めながら、去っていく女に向けて右手を伸ばす。


「おい、ちょっと、待ってくれ! まだ、話が……」


 女は立ち止まらず、ムーンから離れていく。その後ろ姿が見えなくなると同時に、ホレイシアはムーンの耳から手を離した。


「ホレイシア。邪魔しないでくれ。俺はあの姉ちゃんに聞きたいことがあったんだ。困ったことはないかって。父ちゃんは、困ってる人を助けてた。だから、俺も同じことがしたい!」


 真剣な表情になったムーンの前で、ホレイシアがため息を吐き出す。


「事情は分かってるつもりだけど、ナンパみたいなやり方は間違ってるって、何度言ったら分かるの?」


「全然分からん!」とハッキリと答えたムーンが豪快に笑う。ホレイシアはそんな彼から視線を反らす。


「もう知らない。そこらへんにいるお姉さんに声をかけまくる不審者として、捕まればいいわ」


「おいおい、ホレイシア、そんなに怒らないでくれよ」


 ムーンが慌てて両手を合わせると、ホレイシアはクスっと笑い、近くに見えた黄色いベンチに腰を落とす。


「まあ、いつものことだから、気にしてないけどね。それで、大事な話って何? 私、これから行かなきゃいけないところがあるんだけど……」


 ベンチに座り、目の前で向き合うように立っている少年の姿を見上げたホレイシアが首を傾げる。


 一方で、ムーンはため息を吐き出しながら、前進して距離を詰め、右手を前に伸ばした。


「ホレイシア。もういいんじゃないか? 近くには俺しかいないみたいだぜ」

「えっ?」


 黄緑色のローブのフードを右手で掴んだ少年が、それを剥がしとる。

 その瞬間、ホレイシアの胸がドキっと震え、薄暗くなっていく空の下に顔を赤く染めた少女の姿が露わになった。


 赤髪をツインテールに結った少女の両耳は、少し丸みを帯びた三角形のような形をしている。かわいらしい顔をした少女は、オレンジ色の目を丸くした。


「ムーン。いきなりやめてよ。恥ずかしい」


「ホレイシア。お前、それで顔を隠したまま俺の話を聞くつもりだったんだろ? お前の考えてることくらい、バカな俺でも分かる。俺は、お前の顔をちゃんと見て、話したいんだ!」


 真剣な表情で語りかけてくる少年と顔を合わせる度に、ハーフエルフ少女の鼓動はどんどん早くなっていく。


「だから、何なの? 大事な話って……」

 平静を装うホレイシアが首を傾げると、ムーンは息を飲み込んだ。


「ああ、実は、俺、今まで隠したんだけど……」

「ちょ、ちょっと、待って!」


 ムーンの声を遮り、ホレイシアがベンチから勢いよく立ち上がった。それを見たムーンが目を点にする。


「ホレイシア、どうかしたか?」


「その話、今じゃないとダメ? 少しはタイミングを考えてよ。ほら、あと一分くらいで始まるんだよ。漆黒の幻想曲が。どうせなら、大きな満月の真下で聞きたい。そっちの方がロマンティックだから」


 なぜか顔を赤くしている少女の前で、少年は首を左右に振った。


「いやだ。俺は今がいい」

「だから、待ってよ。まだ心の準備が……」

「実は、俺、今まで隠してたんだけど……」

 ホレイシアの言い分を聞かないムーンが、真剣な顔で告げる。


 お前のことが好き。


 そんな言葉がホレイシアの頭を埋め尽くしていき、彼女は思わず、彼から視線を反らした。

 それでも、ムーンは言葉を続ける。


「EMETHプロジェクトの実証実験の対象者として選ばれたんだ!」


 少年の声を耳にしたホレイシアが「えっ」と声を漏らす。それと同時に、頭に浮かんだ彼からの告白の言葉が崩れ落ちていき、少女の思考回路は停止した。


 一方で、ボーっとし始めたホレイシアの前で、ムーンが右手を振ってみせる。

「おーい。聞いてるか?」

 その声にハッとしたホレイシアは、ムーンの元へ詰め寄った。


「ムーン。それが大事な話なの? 返しなさいよ。さっきまでのドキドキしてた時間」

「ごめんな。なんか誤解させてたっぽい。あっ、そうだ。見るか? これが実物のチップだぜ!」

 ムーンは、そう言いながら、ズボンのポケットから、白いお守りを取り出した。

 縦十センチ。横四センチの小さなお守りを見せびらかすムーンの前で、ホレイシアが興味を示す。

「ああ、これ持ってたら、使えるようになるんだっけ? 錬金術を凌駕する異能力が」


「そうだぜ。こっからが本題だ。ホレイシア。俺、異能力が使えるようになったら、ギルドを結成しようと思うんだ。俺の仲間になってくれないか?」


 唐突に彼の口から飛び出した発言を耳にしたホレイシアは、慌てて両手を左右に振ってみせた。


「ちょっと、待って。私、言ったよね? 実家の薬屋を継ぐって。それにムーン、もしかして、私のお父さんの刀鍛冶工房を辞めるつもりなの?」


「いや、辞めない。ホレイシアの父ちゃんに話して、副業を認めてもらったんだ。だから、ホレイシアも母ちゃんに話せば、許してもらえるかもしれん。とにかく、俺はお前を仲間にしたいんだ。ガキの頃から一緒にいたお前のことは、バカな俺でも分かる。お前は、ただの薬屋の娘として生きていく女じゃない!」


 真剣な顔をした少年の言葉が胸に響き、少女の顔が明るくなっていく。

「もう、そんなこと言われたら、仲間になるしかないじゃない!」

 少女の答えに、少年はホッとした。

「良かった。じゃあ、俺も一緒にホレイシアの母ちゃんを説得するから……」

 その直後、空は黒で染められた。それと同時に、等間隔に設置された公園の街灯が光りだす。

 そんな空間の中で、ホレイシアは 漆黒の空に浮かぶ大きな満月を見上げた。


「キレイだね」と幻想的な空間の中で呟いたホレイシアは、目の前にいるはずのムーンに視線を向けた。

 すると、彼女は思わず目を丸くした。目の前にいるはずの少年が、白い光に包まれている。


「ちょっと、ムーン。大丈夫? なんか体が光ってるみたい……えっ?」

 心配そうにムーンの元へ駆け寄ろうとするホレイシアは、驚き、足を止めた。


 一瞬でムーンの体を包み込んでいた光が消え、その先には、どこかムーンと似ている獣人の少年が、佇んでいた。



 

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