第43話 超能力と呪術

「たくさん買いすぎちゃったかな……」


 両手に4つもの買い物袋を提げながら、超能力少女の皆超みなこえ 才輝乃さきのはスーパーの帰り道を歩いていた。

 両親が今日は仕事で遅くなるそうで、自分と姉の晩ご飯を才輝乃が作る事になった。のだが、冷蔵庫の中身が予想以上にスカスカだったので、こうして買いに行っていたのだ。


 ちなみに一つ下の妹に料理や買い出しをまかせっきりにしてしまっている姉は、現在終りそうにない宿題と格闘している。なので夏休み序盤に真面目に終わらせている才輝乃が、こうしてできる事をやっているのだった。


「それにしても、やっぱり夏は夕方も暑いね……」


 少しずつ空には夕日が沈もうとしている時間帯だが、相変わらずの暑さだった。

 手に持つ食材の詰まった買い物袋は超能力のおかげで重くはないのだが、この気温も相まって、やはり荷物があると疲れてくるものだ。


「誰もいないしテレポートで帰ろうかな」


 辺りは家ばかりの住宅街。今は偶然人通りが無く、今ならテレポート能力で家まで飛ぶには絶好のタイミングだった。

 才輝乃は目撃者が現れないように、念のため今一度辺りを見渡す。と、そこで。


「……ん?」


 不思議な人物を見かけた。

 まるでどこかの妖怪のように、額におふだを貼ったまま、じっと道の端で突っ立っている少年がいた。ちょうど才輝乃と同い年くらいの少年だった。というか、才輝乃は彼を誰よりも知っている。


そら君……?何やってるの?」

「……やっぱ超能力者にはバレるか」


 目にかぶさっているお札を暖簾のれんをめくるように持ち上げて才輝乃の顔を見るのは、幼馴染の殿炉異とのろい空だった。

 彼は独学で呪術の研究をしており、彼の額にあるお札も、呪術に使う呪いのお札だった。


「呪いのお札なんて自分に貼って、こんな所で何やってるの?」


 自分に呪いのお札を貼るのも不思議だが、その恰好のままじっと立っていたのも不思議だった。

 そんな才輝乃に、空は額のお札をは指さして答える。


「これはさっき作ってみた、『気配が消える呪い』のこもったお札なんだ。自分に対して良い効果のあるお札を作ってみたくなってな」

「それを自分に貼って効果を試してた、って事?」

「そういう事」


 テレポートはやめて普通に歩き出した才輝乃の横を歩きながら、空は眠そうな目をこすってあくびをする。


「人々は俺の方を見向きもせず素通り。結果的に言えば成功だったんだが、ずっと立ってるだけっていうのが退屈で仕方がなかった」

「そうだったんだ。私は空君の事だからてっきり、たったまま寝てるのかと思っちゃったよ」


 苦笑しながらそう言う才輝乃に、空は静かに首を振った。


「さすがの俺でもたったままは寝れないな。直立睡眠を会得するにはまだ熟練度がたりない」

「じゅくれんど?」

「要は経験不足」


 『その時その場所によって最適な姿勢で最適な睡眠』を心がけている空にとって、立ったまま寝るという、肉体的には負担でしかない寝方はあまりやった事がなかっのだ。なまじ睡眠を極めているが故の弊害だった。

 なので完全な直立睡眠を可能にするには、まだまだ経験値が足りないのだ。


「だから寝る事も出来なくて、今めちゃ眠い」

「空君、呪いの勉強してる時は睡魔に負けないよね」

「それ以外では睡魔に勝ててないのだと言外に告げられている……けど否定はできないな」


 空は苦笑しながら、買い物袋を半分持って才輝乃の隣を歩く。

 だが不意に、2人の歩みは止まった。前方に何者かが立ちふさがり、止められたのだ。


「よう、買い物帰りのお嬢さん。ちょっとばかし付き合ってくれねえか?」


 そこにいたのは、5人ほどの男女を連れた、あからさまに不良ですオーラをまき散らしている大男だった。

 どう考えても危険な人達だったが、道を尋ねたいのかもしれないという微粒子レベルの可能性を捨てきれず、才輝乃はその声に答えた。


「どちら様ですか?」

「誰でもいいだろー?それよりさ、ちょっと俺達カラオケ行くんだけど、お金くれないかな?」


 ただのカツアゲだった。

 才輝乃は買い物袋を握る手に力を込めて、ゆっくりと息をはいた。


 才輝乃に話しかけた先頭の大男はかなりの威圧感だが、超能力者の才輝乃にかかれば敵ではないだろう。だが。


「才輝乃、ちょっと待て」


 空は横から才輝乃を制して、一歩前に出た。ついでに持っていた買い物袋を才輝乃に預ける。


 空は知っていた。

 自分と空の危機を回避するためとはいえ、できれば人に超能力を向けたくはない。才輝乃がそう思っている事を。


「ここは代わりに、呪術のお試しタイムという事で」


 それに、『気配が消える呪い』のお札を額に貼りっぱなしにしていた空は、この不良たちからは視認されてないらしい。相手から見えてないという今なら、非力な空にも十分勝てる。


「ペタっと」


 空は呪いのお札をポケットから取り出し、目の前の大男の腹に貼り付けた。

 その直後。


「ぐわぁ!!」


 何も無い所で、大男はまるでバナナの皮でも踏んだかのように盛大に転んだ。


「これは即効性の呪いだ。俺もいつぞやのゴキブリ戦で学んだんだよ」


 そんな彼を見下ろして、空は自分の呪いを自慢するように告げる。その声も彼らには聞こえないのだが。


 空の使う呪術は、基本的に遅く効果が発揮される遅効性のものがほとんどだった。それがあだとなって、以前ゴキブリを退治しそこねた事だあった。その日から空は即効性の呪いの勉強をしていたのだ。


 研究の成果が発揮できて嬉しいのか、空は次々とお札を大男に貼り付ける。


「その場で転ぶ呪い。と、お腹が痛くなる呪い。頭上からタライが落ちてくる呪い。もっかい転ぶ呪い」

「ぐぎゃあ!な、何が!?」


 大男からは空を認識できないので、完全に一方通行の攻撃だった。

 立ってるだけなのにその場で転んだり、どこからともなく現れたタライに頭を打ったり。散々ボコボコにやられた大男と彼の悲劇を見ていた不良たちは、やがて全速力でその場から去っていった。


「……行っちゃったか。まだ試したかったのに」

「も、もういいと思うよ」


 追い打ちをかけようと更なるお札に手を伸ばす空の方に手を置き、才輝乃はそう止める。不良達の自業自得とはいえ、さすがに少し可哀想だった。


「まあ、無事に撃退出来たからいいか」


 そう言って再び才輝乃の買い物袋を持った所で、才輝乃が笑みを浮かべている事に気づいた。


「……どうかした?」

「ううん、ちょっとね」

「なんだそれ、気になる」

「なんでもないよー」


 笑って誤魔化すように、才輝乃は空に背を向けて歩き出した。首を傾げながら、空も隣につく。



 3年と少し昔。

 中学校の校舎裏で、今回と似たような事があったのを、才輝乃は思い出したのだ。

 まだ空が即効性のお札なんて持っていなかった時代。それでも才輝乃に超能力を使わせまいと、必死に呪術を行使する空の姿を。


 もっとも、空本人にとってはあまり思い出したい記憶では無いらしいので、才輝乃はその記憶を今日の思い出と共に、そっと胸の内にしまっておいた。

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