第36話 苦労の絶えない異世界生活

 しょう一愛いのりの手助けもあって、無事に勇者と再開する事が出来たザウマスとイディー。彼らはその後、唯羽にいろいろ教えてもらいながらこの世界で生きる事を決めた。


 ザウマスが身につけていた軽装鎧が高値で売れた為、駆け出しの資金には困らない異世界生活のスタートを切れた。

 それら装備をお金に変えて、ザウマスとイディーはそこそこ安いが部屋が多いアパートの一室に入居した。イディーは未成年だったので、書類上はザウマスの姪という事にしていた。


 そうして日本に来てから3日ほどが経ち、ザウマスはコンビニでのアルバイトを始めた。装備を売って手に入れた資金もいずれは尽きてしまうので、生活するうえでの収入が必要だからだ。甘味によってかつての『力』を取り戻した彼の前には、言葉の壁などとうに取り払われていた。


 ちなみにイディーは家でお留守番である。

 本当はイディーにも何か出来そうなバイトがあればいいのだが、ザウマスと違って彼女は日本語しらないことばを自動翻訳する能力を持ち合わせていなかったのだ。いくらチカラを取り戻しても、元々使えない能力はどうしようもない。



 そんなこんなでアルバイターとなったザウマスは、この世界の進歩した科学に毎度驚きながら、着々と仕事をこなしていた。

 今はちょうど夕方のピークが過ぎ、レジ打ちの仕事からたくさん売れたおにぎりやパンの補充に移った所だ。


(この世界に来て一週間ほど過ぎましたが、ここの人々は本当に時間に律儀ですね。人の多くなる時間帯もいつもぴったりです)


 来客が多くなる時間帯は先輩から教わっていたものの、毎日その時間ぴったりに人が増える様はいつ見ても不思議だった。異世界で旅をしていたからか時間にややルーズだったザウマスにとっては、これも見習うべき事の一つだった。


「お疲れ様、ザウマスさん。もう上がって構わないよ」


 と、不意に声がかけられた。30を過ぎたくらいのその男性は、この店の店長だった。


「店長。もうそんな時間ですか」

「ああ、今日もご苦労様。ザウマスさんは若くて力もあるし、接客も明るくこなせるから本当に助かるよ」

「いえそんな。まだまだ力不足ですよ」


 接客業はザウマスが思っていた以上に難しいものだったので、この言葉は謙遜でもなんでもなく、本心からだった。魔物を見つけて斬る、山賊を見つけて斬る、そんな事の繰り返しだった異世界時代とは覚える仕事の量が違うのだ。


「たくさん働いてくれるのはありがたいけど、ちゃんと体を休めるんだよ?今年の夏は例年よりも暑いみたいだからね」

「ありがとうございます。ですが、生きるためには働かなければなりませんので」


 旅を終え、この世界にやって来た彼は改めて、しみじみと感じていた。

 生きるにはお金がいるのだ。


「それに、ハッキリ言って身元不確かな事この上ない私をここで働かせてくださる店長に、少しでも恩をお返ししたいですから」


 そう言ってザウマスは微笑んだ。




     *     *     *




「ただいま戻りましたよ」

「おかえりー」


 仕事と買い物が終わって部屋に戻ったザウマスに、イディーは声だけで出迎えた。その体は居間のちゃぶ台にあり、その顔は今もじっと国語辞典に向けられている。日本語の勉強中なのだろう。


 彼女なりに努力しているのを見て、ザウマスは心の中で呟いた。日本語の勉強にいきなり国語辞典から入るのはどうなのか、と。

 だが勉強の成果はほんの少しずつだが現れているので、何とも言えないザウマス。そのまま買い物袋を持ってキッチンへ向かった。


「っ!これは!」


 だが、キッチンの近くに置かれていた物―――ポテチやらチョコレートやらのたくさんのお菓子を見て、ザウマスの顔は一変した。

 勉強に疲れたのかちゃぶ台に突っ伏しているイディーに、ザウマスはズカズカと詰め寄る。


「この大量の菓子はなんですか!また無駄遣いをしたのですか!?」


 血相を変えたようなザウマスを見て、対照的にイディーは顔色一つ変えないまま反論した。


「私にとっては大事な買い物。購入者の私が無駄じゃないと判断した。なのでこれは無駄遣いじゃない」

「そういう話をしてるのではありません!コンビニのアルバイト料だって高くはないんですよ!?生活費もギリギリなのですから不要な買い物は極力控えてください!」

「何度も言うけど、不要じゃない。《聖心力せいしんりょく》の回復には甘い物が不可欠。それに半分はザウマスのぶん」


 そう言ってイディーはお菓子の山を指さした。そこにはどこのコンビニで取り扱っているためザウマスにも見覚えのある甘いお菓子の数々が見えた。

 仕事で疲れて帰って来るであろうザウマスのぶんも買って来たと言うイディーの顔を見ていると、ザウマスも怒る気が失せて来た。


「はあ……ほどほどにするのですよ」


 ザウマスはため息をついてキッチンへと向かって行った。説教はおしまいのようだ。


 あまりたくさんの食材は買えないが、それでもちゃんとした食事にするために知恵を絞って料理を始めようとするザウマス。


 すると、視界の端でコンビニのレジ袋が落ちてるのを発見した。イディーがたくさんのお菓子を買った時のものだろうか。

 ザウマスはそれを拾い上げた。直後、それを持ったまま再びイディーのもとへと向かう。


「イディー、最後にひとつだけ」

「ん?」


 ザウマスは顔をしかめながら、手に持つビニール袋を掲げた。


「次から買い物する時は、ヘブンイレブンにしなさい」


 ザウマスのアルバイトしているコンビニ『ヘブンイレブン』の物とは違うレジ袋をわしづかみにしたまま、ヘブンイレブンアルバイターはそう告げた。

 売り上げに貢献しようとするその必死な姿勢を前に、イディーは静かにうなずいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る