第8話 星空の下で
「ぷー」
家に帰った僕を待ち構えていたのは、頬を膨らませたシズクだった。
これは……完全に拗ねている。こうなったシズクは中々手強いぞ……!
「ねえ、ごめんって。新しい友達が出来て浮かれちゃったんだ。謝るから機嫌を直してよ」
「別に怒ってませんよ私は。愛は冷めてしまったかもしれませんが」
「いや絶対怒ってるじゃん」
こうなったら仕方がない。奥の手を使うしかないね。
「そうだシズク。実はいい物があるんだ」
「物で釣る気ですか? 私はそんなに安くは……ってそれは!?」
僕が出して見せたのは、屋敷からこっそり持ってきていた上等な葡萄酒だ。
実はシズクはお酒に目がない。自制しないとそれこそ無限に飲んでしまうから普段は抑えているけど、祝い事の時とかはガバガバと飲んでいる。
その中でもシズクは赤い葡萄酒が特にお気に入りだ。ここのところ忙しくて飲めてないだろうし、喉から手が出るほど欲しいはずだ。
「ふ、ふふ……なめて貰っては困りますよカルス様。私はこんなことでは屈しません……!」
苦悶の表情を浮かべながらシズクは耐える。
驚いた。まさかこれに屈しないなんて。
「な、なんでそこまで頑ななの?」
「このまま不機嫌でいればあと三日はカルス様に構って頂けると判断しました。その好機を逃す私ではありません……っ!」
なんとも間の抜けた理由だった。
構って欲しいなら素直にそう言えばいいのに、不器用だなあシズクは。
まあでも彼女が何をして欲しいのかは分かった。望みを叶えて機嫌を治してもらおう。
「分かったよ。じゃあ庭でこれを一緒に飲もう。付き合うよ」
「……よいのですか?」
目を丸くしてシズクは驚く。それほどまでに僕が飲むのは珍しい。
お酒が嫌いなわけじゃないんだけど、すぐに酔ってしまうので滅多に飲まないんだよね。そんな僕に遠慮してシズクは僕の側ではほとんど飲まない。
きっとこの誘いは嬉しいと思ってくれる……はず。
「やりましょう。今すぐ」
気づけば彼女はグラスを二つ持ち、おつまみを用意していた。
あまりにも準備が早すぎる。
でも良かった。すっかり機嫌を直してくれたみたいでいつものシズクに戻ってくれた。
「せっかくだから外で飲まない? 風が気持ち良さそうだよ」
「それは素敵ですね、そういたしましょう」
僕たちの住む家には庭がある。
走り回れるほど広くはないけど、テーブルを置いて飲食をするには充分過ぎる広さだ。
「それじゃあ、乾杯」
早速外に移動した僕たちは、グラスをぶつけ合い葡萄酒を楽しむ。
うん、上物だけあってとても美味しい。飲み過ぎないように気をつけないとね。
ゆっくりと久しぶりのお酒を楽しんでいると、シズクのグラスが空になっていることに気がつく。それなのに彼女は注がずにジッと空のグラスを眺めていた。
どうしたんだろう?
「ほらシズク、注いであげるからグラス出しなよ」
「え、あ、はい。申し訳ございません」
しかしシズクは葡萄酒で満たされたそのグラスに口をつけず、ジッとまた眺め始めてしまった。何かを懐かしむようなそんな表情で。
「どうしたの? 口に合わなかった?」
「あ、いえ! とんでもありません、とても美味しいですよ」
「じゃあどうしたの?」
「その……何でしょうか。改めてこんな日が来るなんて夢みたいだな、と思いまして」
シズクはグラスをテーブルの上に置き、話し始める。
「こうしてカルス様と二人で、しかもお屋敷の外でお酒が飲める日が来るなんて、五年前は思いもしませんでした」
「そうだね。師匠が来なかったら絶対に無理だった。屋敷を出るどころかとっくに死んでただろうからね」
あの日師匠と光魔法に出会って、余命半年と宣告された時に僕の運命は変わった。
外を自由に歩けて、学園に通うことも出来て、友達も出来た。本当に恵まれている。
昔の僕に未来はこうだよ、と言っても「そんなのありえない」と一蹴されてしまうだろうね。
「ですから私は今、本当に幸せです。これからもずっとお側で支えさせてくださいね」
優しく微笑みながらそう言う彼女を見て、僕は心臓の辺りが跳ねるような気持ちを覚えた。
……? 何だろう、この感じは。呪いが再発……したわけじゃなさそうだ。
「ばか。どんかん」
なぜかセレナに罵倒された。
僕が鈍感なんてあるわけないじゃないか、失礼な相棒だなあ。
それにしてもさっきのは何だったんだろう。シズクの顔もなんだか直視出来ないし変な感じだ。
「どうかしましたか、カルス様?」
「い、いや! 何でもないよ大丈夫! そ、れより星でも見ようよ! 綺麗ダナー」
慌てて空に視線を移してごまかす。
王都の星空は屋敷から見える空ほどではないけど、綺麗だった。
あんなに小さく見える星だけど、最近の研究ではそのひとつひとつがとても巨大であると分かったらしい。星の研究も楽しそうだなあ、学園で学べるといいんだけど。
「綺麗な星空ですね。しかし王都でも相変わらず星空は欠けてるんですね」
「そうみたいだね。もったいないよ」
この世界の星空は
具体的には空の一部分だけ、丸く星が見えなくなる箇所がある。まるで黒い何かが星の手前に浮かんでるみたいだ。
「『
そんな空と星の話を肴にして、僕たちは夜を存分に楽しむのだった。
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[用語解説]
・星欠
満天の星空の一箇所を欠く、黒いなにか。
一節には太古の神々の戦いにより空が欠けてしまったのだと言われているが、原因はまだ解明されてない。
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