第3話 その理由は

「え!? クリスが魔法学園に!?」


 想像だにしない言葉に驚く。

 だってクリスは剣聖であるお父さんと一緒に旅をしているはずだ。魔法学園なんて興味ないと思ってた。


「なんでそうなったの?」

「いいわ、話してあげる。だけどその前に……場所変えない?」

「……そうだね」


 今僕たちの周りには倒れている男が二人。明らかに目立っている。

 そそくさとその場を離れた僕たちは近くの公園へと足を運んだ。


 場所を移した僕は改めて成長したクリスをまじまじと見る。

 時の流れって凄いね、あのお転婆少女と同じ人だとは思えないよ。


「いやあ本当にクリスは綺麗になったね。僕びっくりしたよ」

「へ、へ!? 何よ急に! お、おだてたって何も出ないわよ!?」

「いやおだててるわけじゃないって。本当に綺麗で可愛くなったよ。大人っぽくもなったしこれじゃあ声かけられるのも当然だね」

「ちょ、わかった! わかったからもうやめて! 顔近いっ!」


 クリスは顔を真っ赤にしながら離れてしまう。

 ううむ、何かまずいことをやっちゃったかな? ちゃんと兄さんに学んだ通りにやったつもりなんだけど。


「そういうあんたこそ随分鍛えたみたいじゃない。さっきの投げ、中々良かったわよ」


 そう言ってクリスは僕の腕をつつく。


「へえ、本当に硬い。もうちょっと触らせなさいよ」


 クリスは腕だけじゃなくて腹筋や胸、足も触り出す。

 うう、流石に恥ずかしい……。


「く、クリス? それくらいに」

「へ、あ、ああそうね! ごめんなさい!」



 自分が大胆なことをやっていることに気づいてたのか、クリスは恥ずかしそうにして離れる。


「……」

「……」


 なぜか気まずい空気が流れる。

 何か話題……って、そうだ。なんで魔法学園に入るのか聞いてないや。


「ねえ。クリスはジークさんと一緒に旅をしてたんでしょ? 何で魔法学園に入るの?」


 剣の修行なら旅をしていた方がいいと思えた。魔法学園でも戦闘系の魔法は学べるけど、ジークさんという剣の達人がいるなら旅についていた方がいいと思えた。


 そんな僕の質問に、クリスはきょとんとした顔で答える。


「そんなのあんたが入るからに決まってるじゃない」


 さも当然のように、クリスは言う。

 その返事を予想してなかった僕は呆気に取られる。


「へ? 僕が入るから?」

「そうよ。だって私はカルスの『騎士』でしょ? だったらあんたを守るために一緒に学園に入るのも当然でしょ?」


 確かにクリスは昔、僕の騎士になると言った。

 あの時のことは今でも覚えてるけど、まさかクリスがそのことを覚えていて、更にそのために旅をやめるなんて想像出来なかった。


「昔の私はカルスに守られちゃったけど……今は違う。私はあの時よりもずっと強くなったわ。だから安心しなさい、どんな奴がかかってきても私が倒しちゃうから」


 そう自信満々に言ってクリスは笑う。

 その笑顔に僕はなんだか救われた気持ちになった。


 魔法学園という誰も知り合いがいない所で一人頑張るのには、やっぱり緊張していた。

 でも違った。ここに絶対的な味方がいた。

 味方が一人いるだけでここまで心が軽くなるなんて思わなかった。


「……ありがとうクリス。本当に嬉しいよ、頼りにしてる」


 そうお礼を言うと、クリスは昔あった時のようにニッと無邪気な笑みを浮かべるのだった。


 その後も僕たちは公園で色んなことを話した。

 クリスはお父さんであるジークさんと別れて、一人宿を取って暮らしているらしい。それで学園が始まったら敷地内の寮に住むみたいだ。

 寮生活っていうのも憧れるなあ。友達と一つ屋根の下、素敵だ。


 そんな他愛もない話をしていると、いつの間にか夕方になってしまった。楽しい時間はあっという間だ。


「もうこんな時間かあ。そうだクリス、僕の家でご飯食べてかない?」

「え? い。いいの?」

「もちろん!」


 クリスは「お、お泊まりになるのかしら……」と顔を赤らめながらも家に来てくれた。緊張してる様子だけどどうしたんだろう?


「ただいまー」

「し、失礼するわ」


 家に帰宅するといい匂いがして来た。シズクが腕によりをかけて料理をしてくれてるみたいだ。

 

「おかえりなさいませ、カルスさ、ま……?」


 玄関まで迎えに来てくれたシズクは、クリスの顔を見て硬直する。クリスも何故かシズクの顔を見て固まってる。二人とも知り合いのはずだよね? どうしたんだろ。


「カルス? この人ってあなたのメイドさんよね? 一緒に住んでるの……?」

「あれ、言ってなかったっけ?」


 どうやらうっかり伝え忘れてたみたいだ。うっかりうっかり。


「へえ……ふうん……」


 クリスは何故かシズクのことを力強く見つめる。シズクもそれを静かに受け止め、二人の間に視線がバチバチとぶつかり合う。いったいどうしたんだ……!?


「まさかメイドさんがついて来ているとは思わなかったわ」

「私の方こそあの時の少女がこんな所までついてくるとは思いませんでしたよ……!」


 結局二人はご飯を食べながらも牽制し合っていた。ううむ、謎だ。二人に接点はそんなにないはずなのに。


「……決めた」


 ご飯を食べ終えて、ゆっくりしているとクリスが突然そう切り出す。いったい何を決めたんだろう。


「カルス。私もここに住むわ! 部屋も余ってるしいいでしょ?」

「え、なんでそうな」

「いけません!」


 僕が言葉を言い終える前に、シズクが机をバン! と叩きながら割り込んでくる。て、展開についていけない!


「貴女は寮に暮らすおつもりなのでしょう? 急に変えたら学園側も迷惑しますよ?」

「あら? どうしたのかしら必死になっちゃって。そんなに私が側にいたら怖い?」

「……ほう。いい度胸ですね。いいでしょう、貴女を恋敵手ライバルと認めてあげましょう」


 ……なんだ。二人はいったい何の話をしてるんだ?

 ていうか怖い。何だかわからないけど気温が下がったような気がしてくるよ。


 結局クリスが同居するという話は『ひとまず』お流れになった。でもクリスは諦めてはいないみたいだ。

 友達が同居するのは楽しそうだけど、毎日あのバチバチの睨み合いを見るのも心臓に悪い。なんとか仲良くなってくれるといいけど……。

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