第12話 招かれざる客

「お紅茶出来たので置いておきますね!」

「うん、ありがとう。頂くよ」


 シシィが淹れてくれた紅茶を口に含む。

 するとすうっとした茶葉の匂いが鼻を抜け、体がリラックスする。


「おいしいね、これ」

「嬉しいです。それは私の国で取れる茶葉で作られたダルフレイティーという紅茶です。私も大好きなんですよ」

「へえそうなんだ」


 通りで飲んだことのない味だと思った。あとで茶葉の名前を聞いとこうかな。


「それにしても、平和だ……」


 椅子に座りながら、外を眺めてぽつりと呟く。


 僕の体にあった『呪い』は完全に沈静化した。痛みもなく、普通に歩けるようになり、発作も起こらない。正に健康体だ。


 しかし、呪いは完全に消え去ったわけではないらしい。

 師匠いわく呪いは今『封印』された状態みたいだ。呪いは完全に消える直前に心臓に『核』を作り消滅を免れた。小さいけど黒い痣は左胸にまだ残ってしまっている。

 放っておけば再発してしまうかもしれないけど、定期的に光の浄化ラ・ルシスをかければその核も活動することはないだろうと師匠は言っていた。


 この先もずっと大丈夫とは限らないけど、数年は大丈夫と見ていいらしい。僕は平穏を勝ち取ったのだ。


「シシィも明日には帰るんだよね? 寂しくなるよ」

「そうですね。今度はぜひ私の国にも来てください。お姉さまにもぜひ会っていただきたいです」

「それは楽しそうだね」


 まだ体は弱ってるけど、数ヶ月もすれば元気になると思う。そしたらいろんな場所に行ってみるのもいいかもしれない。やりたいことも特にないしね。


 ……なんて未来のことに思いを馳せていた僕は、ある違和感を感じた。


「――――ん?」


 今まで感じたことのない不思議な魔力だ。それが少しづつ屋敷に近づいて来ていた。

 人とも飛竜とも違う変な魔力。僕はそれが気になってしまった。


「ごめん、ちょっと外に行ってくる」

「? わかりました」


 シシィを部屋に置き、僕はおそるおそる外に向かったのだった。



◇ ◇ ◇



 時を同じくして、賢者ゴーリィも異変を感じ外へ向かっていた。

 しかし彼はカルスとは違い、それ・・に心当たりがあった。


「まさか……!」


 そんなはずがない。そう思いながら彼は外に出る。

 すると小型の馬車が一台やって来て、屋敷の前で止まる。


 そしてその中から出て来たのは見目麗しい少年。

 ゴーリィはその人物をよく知っていた。


「エミリア・リヒトー……!」


 魔術協会の絶対的な長にして、最強の魔法使いの一人、エミリア。

 そしてゴーリィを賢者から外し、協会から除名した張本人だ。 


 彼はゴーリィを見つけるとニコッと笑みを浮かべ、言う。


「……来ちゃった♡」


 その笑顔はとても可愛らしくもあり……どこかましくもあった。


 それを見たゴーリィは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 完全に油断していた。協会と手を切れば、こいつと関わることはないのだと、そう勘違いしていた。


 逃げられない……しかし、挫けるわけにはいかない。彼の後ろには、誰よりも大事な弟子がいる。弟子を守るためにもこの化け物と対峙しなくてはいけない。


「何しに来たエミリア。儂はもう協会とは関係ない。会う義理はないはずじゃ」

「おいおい冷たいこと言うなよゴーリィ。私とお前の仲じゃあないか」

「確かに貴様との付き合いは長い。しかし一度たりとも友情を感じたことはない。お帰り願おう」


 ゴーリィはエミリア相手に一歩も引かなかった。その行為は協会にいる魔法使いが見たら卒倒するレベルの暴挙だ。エミリアは自分が気に入らない者を『消す』ことに躊躇いがないことは、周知の事実だからだ。


 しかしエミリアはゴーリィに塩対応されても、逆に楽しそうだった。


「いいねえゴーリィ。昔のお前に戻ったみたいにギラギラしてるじゃないか。よほど大切なものがここにあるのか? ん?」

「くだらん詮索はするな。とっとと帰れ」


 大きな杖を前に構えるゴーリィ。

 これ以上しつこくするなら戦闘も辞さない。そう言ってるかのようだ。


 そんな彼を見て、エミリアはやれやれと首を振る。


「困ったねえ。私はただ旧友に別れの挨拶を言いに来ただけなのに……ん?」


 キィ、と屋敷の扉が開き、一人の少年が現れる。


 それに気づいたゴーリィの顔は歪み、エミリアは楽しげに笑う。


 相反する両者に見つめられながら、その少年カルスは言う。


「あの、どちら様ですか?」



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[用語解説]

ダルフレア

オレンジ色の綺麗な花を咲かせる植物。

その葉は紅茶に使われ、爽やかな後味が人気。

押し花にして思い人の本に挟むと、恋が成就するという言い伝えがある。

花言葉は『太陽のような君』『またどこかで会いましょう』


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