第9話 優しさという名の毒
「ふむ。なるほど呪いの根源は『血』にあったのか……」
一週間ぶりに屋敷に帰ってきた師匠に、僕は新しく手に入れた情報のことを話した。
呪いについて書かれた本のこと。呪いは血にかけられていて、血に魔法をかけたら良くなったこと。それでもまだ呪いはおさまらず、侵食が続いていること。
それらを師匠は真剣に聞いてくれた。
「師匠の方はどうだったんですか?」
「うむ。古い
「そう……ですか」
あと少し、あと少しで呪いを抑え込めそうなのに、その一歩が遠い。
やっぱり呪いを解くなんて不可能なのか……と思った瞬間、胸に鋭い痛みが走る。
「がっ……!?」
胸を押さえてベッドに突っ伏す。
視界が揺れて心臓が跳ねる。血管が沸騰するように熱くなって、全身の毛穴に針が刺さったような痛みがする。これは……すごいね。呪いは僕をどれだけ痛めつければ気が済むんだ。
「くっ……
シシィがすぐに回復魔法をかけたことで、痛みは少しづつおさまっていく。
ふう……危なかった。もし今僕が一人だったら危なかった。
「大丈夫かカルス!? どこか痛むところはないか!?」
「何とか……大丈夫です。シシィ、ありがとね。もう大丈夫だよ」
涙目で回復魔法をかけ続けるシシィを落ち着かせる。
なんとか生きながらえてるけど、ここ最近発作の間隔がかなり短くなっている。前は一日に二、三回だったけど、今は三時間に一回くらいの頻度で強い痛みが襲ってくるようになった。
痛みには何とか耐えられるけど、まともに睡眠が取れないのがつらい。発作が起きる度に目が覚めてしまうからだ。
夜の発作の度にシシィを起こしてしまうのも申し訳ない。こんな生活長くは続けられないぞ……!
「どうやら想像以上に事態は深刻なようじゃ。儂も全力を尽くし調べてみるとしよう」
そう言って師匠はまた外へ行く支度を始める。
「シシィ、お主に任せるのは忍びないが……今しばらくカルスを頼む」
「ま、任せてください! 頑張ります!」
かなり疲れてるはずなのにシシィは気丈に僕の看護をしてくれる。嬉しいけど……その優しさが今はつらい。
やっぱり僕は生きるべきじゃ……と考えていると、師匠が僕の手をガシッと強く握った。
「カルス、生きる希望を捨てるでないぞ。負けるな、抗え。大丈夫お主ならきっと呪いに打ち勝てる」
「……すみません、弱気になってたみたいです」
「体が良くなったら美味いものでも食いに行こう。近くの町にいい料理屋を見つけたんだ。もちろん儂が奢ってやる。どうだ、楽しみじゃろう?」
「はい。それはとっても楽しみですね……」
そんなささやかな夢が遥か遠くに感じる。
師匠は少し不安そうな顔をしながらも部屋を出て、屋敷を後にする。何か呪いを解く手がかりが見つかればいいけど、望みは薄いと思う。僕が何とかしなければいけない。
「
唱えてみるけど、魔法は形になる前に霧散する。
……分からない。なんでこんなに上手くいかないんだ? 魔力も知識も足りてるはずなのに。
いったいなんで?
「……カルスさまは、本当に呪いを治したいとお思いですか?」
突然、シシィがそんなことを言い出した。
何を言ってるんだろう。そんなの当たり前じゃないか。なぜ今そんなことを聞いたんだ?
「お答えください。呪いを
「そんなの答えるまでもないじゃないか。治したいに決まってる。なんでそんな意地悪なことを聞くんだい?」
シシィがこんなことを聞くのには理由があるんだと思う。
でもそれにしても意地の悪い質問だ。流石の僕も心の奥に苛立ちが生まれてしまう。
「カルスさま、よくお聞きください。『回復魔法』は特別な魔法です。その魔法を成功させるには魔力だけでなく知識と技術、それと……『心』が必要になります」
「心……?」
「はい。その人を治したいという強い『想い』。それこそが回復魔法を成功させる大きな鍵となります」
そういえば師匠に教わってた時、そんなことを習った気がする。
でも治したい気持ちなんてあって当然だから意識してなかった。
「カルスさま、あなたは自分の優先順位が低いです。他人を思いやるあまり、自分を大事にすることが出来ておりません。他の人が傷つくくらいなら自分が死んだ方がマシだ、そう考えてませんか」
「そ、れは……」
図星すぎて、返答に詰まる。
確かに僕は自分は二の次だ。でもしょうがないじゃないか、僕は出来損ないなんだから。自分のことを大切にしようだなんて思ったこともない。
「最後のピースはその『想い』です。自分を愛していないから、カルスさんは自分のために『
シシィの説明は凄い腑に落ちた。
おそろく彼女の推測は正しい。でも、
「じゃあどうすればいいの? 今から自分を好きになることなんて出来ない。こんなに迷惑かけてどうしようもない僕を、僕は好きになれない……!」
わがままな事を言ってるのは自覚している。
でもそれだけはどうしても出来なかった。他の人ならまだしも、自分を好きにだなんてなれる気がしない。
するとシシィは、そんな情けない僕に優しい笑みを向けながらこう言った。
「なら、私のことは好きになって頂けますか?」
「……へ?」
恥ずかしがり屋な彼女が言うとは思えないその言葉に、僕は困惑する。
そんな僕をよそに、シシィ透明な瓶を取り出す。その中には少し濁った液体が入っている。
僕にはなぜだか、その液体がとてもおぞましい物に感じた。
「これはカルスさまの『血』を薄めた物になります。申し訳ありませんが寝ている時に少しだけ頂きました」
「いや、それはいいけど何でそんな物を……」
血が入ってるということは、その水には僕の呪いも混ざっている。つまり『劇薬』だ。
……なんだろう、嫌な予感がする。やめてくれ。
「カルスさま、私の初めての友達。例えあなたがご自身を嫌いでも、私はお慕いし……信じております」
そう言ってシシィは僕の『呪い』が入った水に口をつけると、一気に飲み干してしまった。
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