第4話 光在れ

「これは驚いた……!」


 翌日。

 僕の部屋に来た師匠は、ほんのりと光僕の左手を見てそう呟いた。


「儂は過去何十、いや何百人も教え子を持ったが、こんなに早く魔法を使える様になった者は一人もおらん。カルスは精霊に愛される素質があるのやもしれんな」

「精霊にも好き嫌いってあるんですか?」

「もちろん。精霊は気まぐれで好き嫌いが激しい生き物じゃ。魔力が多くても中々魔法を使えない者もおる。そういった者は精霊に好かれにくい者なのじゃよ」


 見えないから分からないけど、僕のことを気に入ってくれた精霊がいると思うと少しむず痒い。

 こんな事しても感謝の気持ちが伝わるか分からないけど、左手に灯る光を右手でそっとなでる。するとそれに応えるように光が少しだけ揺らめいた……気がした。


「今日は座学をメインにしようと思っていたが、これなら実技を次の段階に進めた方がいいじゃろう。喜べカルス、これなら二週間で治癒魔法までいけるかもしれんぞ」

「本当ですか!? 頑張ります!」


 まだ安心は出来ない。

 でもほんの少しだけど希望が見えてきた。


 生きたい。みんなと同じように。

 その為ならどんなに辛くても頑張れる。


「では魔法の第二段階に移る。お主は精霊と対話し、その力を顕現するに至った。次はその力を『切り離す』のだ」

「切り離す、ですか?」


 どういうことだろう。

 いまいちピンと来ない。


「左様、まずは見るが良い。光在れライ・ロ


 師匠が呪文を唱えると、広げた手の平の上に、小さな光の玉が現れた。

 そしてそれを僕の方に放ると、目の前で左に右に自在に動かす。


「これが第二段階じゃ。生み出すだけだった魔法を操作コントロール出来る様にならねばならん。これが出来なければ治癒魔法など到底出来ん」

「なるほど。これは難しそうですね……」


 ただ光を生み出すだけとは全然違う。左手に集めた光を指先に集めるのも難しいのにこれを体から離すなんてどうやったらいいのか全く分からない。


「コツはライの部分で光を手に溜め、在れの部分で切り離すことじゃ。まあ急には出来んじゃろうから、座学をやりつつ気長に覚えるとしよう」

「分かりました……よっと!」


 話を聞きながら光を体から切り離そうとしてみたけど、やっぱり上手くいかない。

 これは中々苦労しそうだぞ。


◇ ◇ ◇


 この日は師匠からみっちりと色々なことを教わった。

 魔法の歴史、種類、活用方法などなど、魔法に関することは何でもだ。


 今までまともに勉強する事が出来なかった僕にとって、それはとっても幸せで刺激的な時間だった。


「でも、流石に疲れた……」


 魔法の授業は午前中から夕方まで休憩なしで続いた。

 授業が楽しいせいで時間の感覚がなくなってた。外が暗くなってきて初めて気がついたくらいだ。


「なんかボーッとする」


 心地よい疲労感だ。

 ベッドに横になってるとこのまま寝ちゃいそうだ。


 うとうとして目を瞑りそうになってると、不意に部屋の扉がコンコンと鳴らされる。


「失礼いたします」


 そう言って部屋に入ってきたのは、専属メイドであるシズクだ。

 まるで綺麗な黒くて長い髪を揺らしながら、シズクは持っているお盆をテーブルの上に置く。


「カルス様、スコーンをお焼きしたのでどうですか? 紅茶も用意しております」

「もしかしてシズクが焼いたの? 食べる食べる!」


 料理長顔負けの腕前をシズクだけど、特にお菓子作りの腕は天下一品だ。

 食欲がない時もシズクの作ったお菓子は食べることが出来た。


「頑張っているカルス様の為に、腕によりをかけて作りました。たくさん焼きましたので思う存分食べて下さいね」

「ありがとう! いたただきまーす!」


 シズクお手製のイチゴジャムをたっぷりと付けて、湯気が立つスコーンを口一杯にほおばる。

 うーん、おいしい! 僕好みのしっとりめのスコーンだ!

 ジャムは酸味が残ってて飽きがこないように工夫されてる。体が元気なせいもあってか、いつもよりおいしく感じた。


「ふふ、そんなに急いで食べなくても誰も取りませんよ」

「だってもぐもぐもぐ、おいひいからもぐもぐもぐ」


 頭をたくさん使ったせいで甘いものがいくらでも入る。

 結局たくさんあったスコーンはほとんど僕の胃の中に収まってしまった。こんなにいっぱい食べたのは初めてかもしれない。


「ふー……ご馳走様でした。おいしかったよ、ありがとうね」

「ご満足いただけた様で何よりです。紅茶のおかわりもありますので遠慮なくお申し付けくださいね」

「うん」


 おいしい紅茶を飲みながら、テキパキと片付けを始めるシズクのことを見る。

 正直僕みたいな出来損ない王子に、シズクは過ぎたメイドだ。もっと大きな場所……それこそ王城のメイド長になれる存在だと思う。

 メイドとしての技能スキルはもちろん、運動神経も頭も良くて、顔もとびきり綺麗だ。シズクを欲しがる貴族もたくさんいると思うけど、なぜか僕の専属を辞めることはない。


 前に一度聞いてみたら「カルス様のことが好きだからですよ」とはぐらかされてしまった。いつか教えて貰えるのかな。


「あ、そういえばシズクって魔法使えたよね? どんな魔法なの?」

「私は氷の魔法が使えます。と言いましてもそれほど上手くはないのですけどね。かじった程度です」


 氷魔法は確か水魔法の派生系統だったかな?

 クールなシズクにはお似合いの魔法だ。


「へえ、氷魔法! 何か見せてもらってもいい?」

「それほど大したものはお見せ出来ませんが、カルス様のお望みなら」


 シズクはそう前おくと、右手を僕の前に出す。


氷華レ・フール


 部屋に冷たい風が吹いたかと思うと、シズクの手にそれが集まっていき氷の形になっていく。

 そしてそれはピキピキと音を立てながら、綺麗な花の形になっていく。


「どうぞお受け取りください」


 シズクの渡してきたそれは、氷でできた一輪の薔薇だった。

 まるでガラス細工のように透き通っているそれは、とても一瞬で作った様には見えないほど繊細で綺麗だった。

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