第2話 呪いと祝福

 その日の夕方。

 さっそく僕とゴーリィさんとの魔法を覚える授業が始まった。


 国王である父上が反対しないか少し心配だったけど、父上は僕が魔法を覚えることに賛成してくれたらしい。

 父上だけでなく母上も、そして兄弟のみんなも僕に優しくしてくれている。

 それはとても嬉しくて幸せなことだけど、ずっと甘えてはいられない。早くこの呪いをどうにかして恩を返さなくちゃ。


「それじゃあよろしくお願いします、ゴーリィさん」

「うむ、こちらこそよろしくお願いしますぞ、殿下。それではまず魔法の勉強をする前に、二つほど約束して頂きたい」

「約束、ですか?」

「うむ。一つは『儂のやれと言ったこと以外の魔法を使用する』こと。これを固く禁じる。魔法の中には危険な物がたくさんある。殿下はただでさえお体が弱い、ちょっとしたミスで命を落としかねないのです」

「……分かりました。肝に銘じます」


 そう言うとゴーリィさんは満足そうに頷く。

 僕は初心者だ、賢者であるこの人の言うことはちゃんと聞かないとね。


「もう一つは儂を『師匠』と呼ぶこと。殿下は王子、儂との身分の差は大きい。しかし師弟関係を結ぶ以上、魔法を教えている時は儂の言うことを聞いていただく。これがあやふやになってしまうと事故の元になる」

「分かりましたゴーリィさ……師匠。気をつけます。では師匠も僕のことをちゃんと『カルス』って呼んで下さいね。『殿下』って呼ばれるのは壁を感じるので。あ、敬語もなるべくやめて下さいね」

「ぐ、ま、まあ仕方あるまい」


 少し躊躇ったけど、師匠はそれを飲み込んでくれた。


 そもそも僕は王子だけど、王子じゃない。

 呪われた子ども『忌み子』として生まれた僕は、生まれてない事になっているんだ。

 表向きには流産したことにされていて、僕が本当は生きていることは、数人の使用人と大臣しか知らない。


 師匠は偉い人なので例外的に教えられたみたいだけど、他の治療しに来た人にも僕が王子だって事は伝えてないみたいだ。


 つまり、僕は王の子だけど『王位継承権』を持ってない。

 おおやけには存在しない王子なんだ。


 迷惑をかけるだけの存在である僕に、敬語で話される資格なんて……ない。


「それではカルスよ。まずこの『葉』を持ってみろ」


 そう言って師匠は赤い葉っぱを一枚僕に渡してくる。

 手の平の大きさくらいの何の変哲もない葉っぱ。何だろうこれ。


「それは『マルクスの葉』と呼ばれる特別な葉。根元の部分を強く握ると握った者の魔力量を測り、その量に応じた変化をする。

 つまるところ『魔力を測ることの出来る不思議な葉』じゃ。魔力量が分からないと魔法の訓練もままならんからな。ほれ、やってみるといい」

「は、はい」


 葉っぱの根元を掴んで、えいと力強く押す。

 すると驚くことに赤かった葉っぱの色は一気に黒くなってしまう。そしてまるで燃えかすになったみたいに、はらはらと粉になって消えてしまう。


 これは……どんな結果なんだろう?

 聞いてみようと師匠の方を見てみると、師匠は燃えかすになった葉っぱを見ながら目を見開いていた。


「馬鹿な……」


 何か小さい声で言ってる。

 いったいどうしたんだろう?


「師匠?」

「あ、ああ悪いな。少し考え事をしとった」

「これ、結果はどうだったんですか?」

「おおそうだな、結果な。結果は……大丈夫、だ」


 大丈夫とは何なんだろう?

 良いか悪いかで教えて欲しいけど、師匠が言えないのならそれは聞かない方がいいってことかな?

 約束をした以上、余計なことを聞くのはやめておこう。


「ところでカルスよ。お主本当に今まで魔法を使ったことはないのだな?」

「はい、もちろんです。今まではずっとベッドの上で死にかけてましたからね。魔法を使う元気なんてありませんでしたよ」

「しかしそれでは……む? いや、そういうことなら可能、なのか……!?」


 何か一人でに納得する師匠。

 うむむ……流石に気になって来たぞ。



◇ ◇ ◇



《賢者ゴーリィ目線》


 マルクスと呼ばれる植物は、普通の植物と違い、その葉に種を宿す。

 それゆえ大きな魔力が近づくと、身の危険を感じ葉を自ら裂きその中の種を散らそうとする。


 その習性を利用したのがこの魔力量検査だ。

 魔力をちっとも持ってない者が持っても葉は変化しないが、魔力を少しでも持っている者が葉を握ると、葉は中央から真っ二つに裂ける。


 そして魔力量が多ければ多いほど、マルクスの葉は『たくさん裂ける』のだ。

 一ヶ所裂ければ素質あり

 二ヶ所裂ければ才能あり。

 三ヶ所裂ければ名を残す。といった感じだ。


 しかしこの少年、カルスの葉っぱはどれとも違う。

 まるで燃焼したかのように黒く変色したかと思えば、粉のようにバラバラになり散ってしまった。


 私はこの現象を、かつて一度だけ見たことがある。

 それは伝説の生き物、『竜』と対峙した時のことだ。竜の放つ恐ろしい魔力にあてられ、鞄の中にあったマルクスの葉は、全て黒く変色し粉々に砕けてしまった。


 マルクスの葉は過剰な魔力を感知するとこうなってしまうのだ。

 つまり、この少年は……竜に匹敵する魔力を持っている。


「馬鹿な……」


 あり得ない。

 一度も魔法を使ったことのない少年がそんな魔力を持っていることなど、あり得ない。


 確かに王族は魔力量が高い者が多い。

 しかしこれはあまりにも規格外過ぎる……!


「師匠?」


 見ればカルスは心配そうな顔をしている。

 いかんいかん。しっかりせんとな。


「あ、ああ悪いな。少し考え事をしとった」

「これ、結果はどうだったんですか?」

「おおそうだな、結果な。結果は……大丈夫、だ」


 大丈夫というなんとも中途半端な結果を伝える。

 案の定カルスは「?」と不思議そうな顔をするが、それ以上追求しては来なかった。不審には思いながらも約束を守ってくれておるのだろう。聡い子だ。


それにしても何故、この子はこんなにも魔力を持っているのだ? 知っておいた方がよいな……。


 理由次第では修行の方法を変える必要が出てくる。

 儂はカルスに話を聞いてみることにした。


「ところでカルスよ。お主本当に今まで魔法を使ったことはないのだな?」

「はい、もちろんです。今まではずっとベッドの上で死にかけてましたからね。魔法を使う元気なんてありませんでしたよ」

「しかしそれでは……む? いや、そういうことなら可能、なのか……!?」


 ずっと死にかけていた。

 その言葉を聞いた瞬間儂の脳に電流が走った。


 人は死の淵から生還した時、魔力量が急激に上がることがある。

 その理由はわからない、迷信だという者もたくさんおる。しかし事実として死にかけた魔法使いがその後大成したという話はいくつか存在する。

 その為古い魔法使いたちは魔法薬を使って自ら死の淵に立ったという。


 ……この少年はどれだけ死の淵に立ち続けていたのだろうか。

 生まれてからの十年間、常に死と隣り合わせにあったこの子にとんでもない魔力が宿っているのは必然なのやもしれぬ。


 『祝福と呪いは表裏一体』と言うが、皮肉にも彼を苦しめた呪いは、彼に魔力という名の祝福を授けたのだ。


 ゴクリ。

 儂は思わず喉を鳴らしてしまう。


 悪いと思いながらも胸が高鳴るのを止めることが出来ない。

 もしこの子が成長したらどんな強力な魔法使いになるのだろうか……!


「……カルス、お主の体には常人よりも遥かに高い魔力が宿っている」

「へ? そうなんですか?」

「うむ。恐らくはその呪いが原因。人は死の淵に立つと魔力が上がることがあるからのう」

「そうなんですね……なんか複雑ですが、良かったです」


 儂は悩んだが、包み隠さず伝えることにした。

 この少年はさとい。きっと隠してもすぐに気づいてしまうだろう。


「魔力の心配はなくなったな。それでは授業を始めよう」


 ならば儂のすることは一つ、その大きな力を御する方法を教え、正しき道へ導くこと。

 それがこの老骨に課せられた、最後の使命であろう。

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