余命半年と宣告されたので、死ぬ気で『光魔法』を覚えて呪いを解こうと思います。 〜呪われ王子のやり治し〜
熊乃げん骨
第1章 光明
第1話 第三王子は普通に生きたい
普通に生きられることは、幸福だ。
絶え間なく襲ってくる痛みに耐えながら、僕はそう思った。
「うっ、いっ……いだい……っ」
体中の毛穴に針が突き刺さり、頭の中に大きくて硬い鈴を入れられてるような感覚だ。
意識は千切れそうになり、痛みで嘔吐が止まらない。
それが僕、カルス・レディツヴァイセンの日常だ。
僕は王国の第三王子として生まれた。
普通であれば悠々自適に暮らすことが出来ていただろう。
でも僕は生まれつき呪われた体を持つ存在『忌み子』だった。
そのせいで運動はおろか歩くことさえまともに出来ず、外に出たことは数えるほどしかない。
そして毎日絶え間なく体中に激痛が走っている。そのせいで寝ることさえ苦労して目の下のくまは消えることはない。
「カルス様、大丈夫ですか!? すぐに魔法使い様が来ますのでもう少しお耐えください!」
そう言ってメイドのシズクが僕の手を握ってくれる。
……今にも泣きそうな顔をしてる、優しい人だ。僕みたいな出来損ないに仕えたばかりにシズクには心配ばかりかけてて悪いと思ってる。
(ごめん、こんな身体で)
ベッドに横たわる自分の体を見る。
ひどく痩せこけた僕の体には、黒い刺青のような膿が張り付いている。
これが僕の『呪い』だ。
呪いの原因は不明。
何人もの医者や魔法使いが僕の体を調べたけど、痛みを一時的に抑えるのが精一杯で治すことは出来なかった。
家族やシズクが出来る限りの手を尽くしてくれたおかげで、死ぬことなく十歳を迎えることは出来たけど……先が長くないことは僕が一番分かっている。
持って半年。一年は確実に持たないと思う。
「カルス様、魔法使い様がいらっしゃいました!」
目を動かすと、そこには立派な髭が特徴的なお爺さんがいた。
高そうな紺色のローブととんがり帽子、見た目からして偉そうな魔法使いだ。
その人は僕の体をじっくりと観察すると、僕の顔に視線を移し優しい声色で話しかけてくる。
「初めましてカルス殿下。儂は賢者ゴーリィ、少しお体に触らせて頂きますぞ」
そう言ってその人は僕の左胸……黒い
「
そう唱えた次の瞬間、ゴーリィさんの手から綺麗な光が現れて、膿の中に溶けていく。
すると僕の体の中で暴れていた痛みはスッと消えてしまう。
す、すごい……!
色々な薬や魔法を試したけど、こんなに楽になったのは初めてだ。
「この魔法は、何なのです、か……?」
「これは光魔法。闇を祓う事の出来る唯一の魔法ですじゃ」
「光魔法……」
喋っている間も光魔法は僕の体を蝕む膿をどんどん小さくしていき、最終的には五センチくらいの大きさになった。最初と比べると十分の一くらいの大きさだ。
「……ふう、ひとまずこれで様子を見ましょうぞ。メイドさん。光魔法で育てた茶葉がありますのでそれを煎じて飲ませてあげて下され。今夜はよく眠れるようになるはずじゃ」
「あ、ありがとうございます! なんとお礼を申し上げたら……」
「ふぉふぉ。陛下の頼みとあれば断るわけにもいきますまい。それでは続きは明日、儂も少し休ませて貰いますぞ」
「はい! 近くに客室を用意しておりますので案内致します」
メイドのシズクがゴーリィさんを連れて部屋を出ていく。
一人残された僕は、治療された左胸に手を当てる。
……まだほんのり温かい。優しく、安心する温かさだ。
魔法っていうと、戦いに使うイメージが強かったけど、こんなに優しい魔法もあったんだ。
「光魔法……か」
初めて聞いたその魔法に、僕は強烈に惹かれていた。
何かを知りたい、学んでみたいと思ったのは初めてかもしれない。今まではいつ死ぬかしか考えることが出来なかった。
「すごい……」
――――これが僕と光魔法の出会いだ。
まさかこの時の僕は、自分がこの先の一生をかけて光魔法と向き合うことになるなんて、これっぽっちも思わなかったのであった。
◇ ◇ ◇
翌日。
僕は何年振りなのか分からないほど久しぶりに、気持ちよく目覚めた。
いつもは起きて早々割れるような頭痛を感じる。でも今日は頭痛が起きる気配すらない、なんて気持ちのいい朝なんだろう!
「おはようございます殿下。調子はいかがですかな」
いつからいたんだろう。
ベッドの横にある椅子には賢者のゴーリィさんが座っていた。
「おはようございますゴーリィさん。おかげさまでとっても調子がいいです」
「それは良かった。ところでご飯は食べられますかな?」
「ご飯ですか? えーと……たぶん」
お腹に手を当てて胃と相談した結果、許可が下りた。
いつもなら頭が痛くて朝食なんて食べられないんだけど、今日は別だ。
「ではこちらを胃に入れて下され。光魔法を溶かした水で作った『
「シズクが……だったら安心だ」
僕の専属メイドであるシズクは、料理含む家事全般が超得意な凄腕メイドだ。
普段はクールで冷たい印象を受けるけど、僕が痛みに苦しんでる時はいつも手を握って励ましてくれるとっても優しい人だ。
「うん……おいしい」
お粥を一口食べてみると、体の芯からぽかぽかと温まってくる。
これが光魔法の力なんだ。凄い、まるで普通の体になったみたいだ。
僕はあっという間にお粥を全て胃の中に入れると、ゴーリィさんに視線を移す。
今なら周りに家族もメイドもいない。あの事を聞くにはもってこいのチャンスだ。
「あの、ゴーリィさん。今からする僕の質問に正直に答えて頂いてもいいですか?」
「ふむ……儂で答えられる範囲であれば。なんですかな?」
「ありがとうございます。では聞かせて頂きます」
その言葉を口にするのは怖い。
でも聞かなくちゃ。
「僕はあとどれくらい生きることが出来ますか?」
「……!」
僕の質問にゴーリィさんは目を大きく見開き、驚く。
答えづらい、嫌な質問だと自分でも思う。でもいつまでも逃げてたら駄目だ。元気な内に知って受け止めなくちゃ。
ゴーリィさんは数秒の沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……カルス殿下、あなたは聡いお方だ。子ども騙しの言葉を並べ立てた所で嘘に気づいてしまうでしょう。
だからはっきりと申し上げます。殿下の体は長年呪いに蝕まれたせいでもうボロボロです、今生きてこうして会話出来るのは奇跡に近い。
あと三ヶ月もすれば喋るのも困難になり……半年後には命を落とすでしょう」
「そう……ですか」
余命半年。それが僕に残された時間だった。
なんだろう、覚悟していたはずなのに涙が止まらない。
もっと生きたかった。
大切な家族に恩を返したかった。
だけどそれは……叶うことはない。
「儂の魔法で延命させることは可能です。しかしそれは苦しい時間を伸ばすだけにしかなりませぬ。
ずっと側にいて光魔法をかけ続けることが出来れば話は別ですが……そんな生活いつまでも続きはしません」
ゴーリィさんの言う通りだ。
それにゴーリィさんをずっと僕の側にとどめて置くことなんて出来ない。優秀な魔法使い『賢者』であるこの人には、きっと他にもやらなくちゃいけない事がたくさんあるはずだから。
「儂に完治させるほどの腕があれば。本当に申し訳ありません……」
「そんな、謝らないで下さい! こうして穏やかに過ごせる時間が出来ただけでも僕は幸せです!」
その言葉に嘘偽りはない。
痛みに邪魔されることなく生活出来ることのなんて素晴らしいことか。
「もっと色んなことをしてみたかった気持ちはあります。普通の人みたいに学園に通ったり、勉強したり。魔法のことを学ぶのも楽しそ……」
と、そこまで考えた僕は頭に引っ掛かりを感じた。
何か今、思いつきそうな感じがした。とても大事なそんな何かを。
「学園? いや……勉強?」
違う。
そこじゃない。
僕が違和感を感じたのは『魔法』だ。
魔法を学ぶ。これだ。
でも何でこれが引っ掛かったんだ?
僕が魔法なんか覚えたところで…………あ。
「そっか。僕が光魔法を覚えればいいんだ」
その答えに辿り着いた瞬間、頭の中のモヤが全て消し飛んだ。
「そうだ……そうだ! 自分で光魔法を覚えれば呪いを抑え続けることだって出来るはず! それで抑えている間にもっと勉強して呪いを完全に消す方法を考えればいいんだ!」
簡単な道じゃないのは分かってる。でも出来なきゃどうせ死んじゃうんだ。
だったら……後悔の無い道を選びたい。
「ゴーリィさん! どうか僕に魔法を教えて下さい! ゴーリィさんがここにいれる期間内だけでいいんです、どうかお願いします!」
ベッドの上に膝をついて頭を下げてお願いする。
でもそれを受けたゴーリィさんは「む……しかしだな……」と困った顔をしてしまう。
「儂がここにいれる期間は二週間しかありませぬ。そして光魔法は使い手が少ない、つまり習得が『難しい』のです。二年あっても習得できるかは分からないのですぞ?」
「それでも構いません。このまま死を待つよりもずっといいです」
ゴーリィさんの目を真っ直ぐ見て言い、また頭を下げる。
すると、
「……分かりました。望みは薄いと思いますがやりましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「しかし先に言っておきますが儂は半端なことはしません、厳しく教えることになりますぞ」
「構いません、出来る限り厳しくお願いします」
「ほっほ、それは頼もしい。ではまずはお父上……国王陛下に話を通してきます。魔法の授業は今日の夕方ごろから始めると致しましょう。それまで休んでいて下され」
「はい。分かりました」
――――こうして僕は賢者ゴーリィの弟子となった。
目標は光魔法を覚え、呪いを自分で抑えられるようになること。
期限は……たったの二週間。
絶対に覚えてみせる。
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