紅き英雄は怒り叫ぶ!

なもスラ(名も無きスライム)

プロローグ

 ──英雄とは、何か。──


 才知と武勇に優れ、戦や国の防衛、その他様々な国事において多大なる利益を国に約束するものである。


 彼ら英雄はたった1人そこに存在するだけで、どんなに過酷な戦局をもひっくり返してしまう。

 ─文字通り、存在するだけで、だ。自国兵はその佇まいや戦いぶりに鼓舞され、敵国兵は国を超えて知れ渡ったその名前と強かさに恐れ戦く。


 英雄は国に愛され、民に愛され、荒んだ戦場にて鈍く輝く存在である。誰もが憧れ、かくありたいと願うだろう。


「うぉおおおおっッ!」


 荒れ果てた地、雨のように飛び交う7色の魔弾、敵味方の死体を踏み越え、剣を振り上げ、吠える兵士達。


 血と汗と涙で磨き上げてきた己の戦闘技術を振るい、ある者は国のため、ある者は家族のために人を斬る。


 ──それが普通だ。いや、戦いをその身に叩き込んでいる兵士は、むしろ常人を遥かに超える存在であると言って良いだろう。



「ッ、前方より、隊列を抜けて駆け出した人間を確認!──ぼ、防具を着ていませんっ!生身です!!」



 上空で飛龍に跨った監視兵が声を張り上げ、それを聞いた地上の兵士たちは戦慄した。

 それとほぼ同時に、前方の人の波から1人、鎧甲冑を身に纏わない生身の兵士が飛び出した。

 いや、鎧はおろか、敵を切り裂くための剣すらも腰の鞘に収まっている。


 鮮やかな真紅の髪の毛を風に揺らしながら、その兵士は全力で駆けてくる。

 その青い相貌は眼前に群がる兵士でも、降り注ぐ魔力の球でもなく――はるか先の要塞を、彼が目指す最終目標のみを見つめていた。


 この戦場で、身を守る鎧を着用せずに戦うことは死を意味する。現代での─いや、我々の歩んできた人類史での戦争では到底考えられない愚行と言えるだろう。

 ─しかし、この世界での常識では、鎧を着用しないことに3つの有用性が存在する。最も、その選択肢を取れるのは極小数に限られるのだが─



「た、ただの自殺志願者だろう!─くたばりやがれぇッ!!」



 前方からこちらへ向けて、全速で駆けてくる赤髪の兵士を止めるべく、若年の、甲冑を着込んだ兵士が迎え撃たんと剣を振り上げた。彼の指揮官や同僚が静止しようとしたが、そんな余裕は目の前の敵兵と魔弾によってかき消された。


 彼は、3つある可能性のうち、最も楽観的な物であると踏んだ

 。それは戦闘経験の少なさからか、あるいは…



 兵士がその赤髪に剣を振り下ろし、頭を両断するかに思えたつかの間──すんでのところで剣は止まった。空中で見えない壁に遮られたかのように…見えない何かに握り締められたかのように動かない。


「─ッ!な、なんだこれ!?剣が…う、動かねぇ!」


「離れろラディ!そいつは──」



「「「貰ったあああああっ!!」」」


 動きが少し止まったのを好機ととらえた後続の兵士達が槍で三方から刺突を試みるも、ビョウッ―と一筋の風が舞った後に、三本の槍は根元から折れてしまった。まるで、魔法のように。


 ガッチリと固定された刃を何とか動かそうともがくラディと、折れた自慢の武器を猛然と見つめる三人の兵士を横目に紅き兵士は走り抜ける。…その腰に携えた剣を抜く事もせずに。


 そのほかの兵士たちは指揮官の途切れた言葉の意味を理解したのか、赤髪の兵士を止めようとするどころか、道を譲るように逃げ惑った。



「…はぁ、はぁ、隊長…あれが、もしかして…うぉおっッ!!」



 赤髪の兵士が通り抜けた後に剣が動くようになり、反動で前につんのめった兵士が質問しようとした刹那、目の前にまで接近を許した兵士の存在に、ここが戦場であることを思い出す。なんとか盾で攻撃を受止め、戦闘を再開する。



「──ああ、そうだ!…アイツには関わるな。ワシらの任務は、目の前の雑兵をここで食い止める事だ!」


 先ほどの出来事を――見てはいけない存在を見てしまった人が、それを忘れんとするかのように。兵士たちはまた剣をぶつけ合った。戦場はかつての様子を取り戻す。




 ◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇




 敵軍兵士の波を乗り越えた赤髪の兵士─カレン・ジアパルトは、自身の目標である敵要塞を目指し、なおも走り続ける。


 彼を止めようとする兵士はいなくなったものの、前方からは抜け目のないほどの魔弾が変わらず降り注いでいる。

 しかしそれらは、カレンに着弾する寸前で消滅――いや、正確には撃ち落される・・・・・・のだ。


 空中にて鮮やかな足技を以て魔弾をさばききった青い甲冑棋士が地面に着地する。


「いつもありがとな、相棒。」


『――気ニスルナ、カレンハ自分ノ事ダケ気ニシテイレバイイ。』


 無機質な、金属音のようなくぐもった声が聞こえ、カレンは安心したかのように微笑を浮かべる。


 彼の隣にはいつも「アイツ」が居る。

 先程、兵士の剣を止めた…いや、正確には握り、受け止めた青鎧の騎士が。


 その存在はカレン以外の人には見えぬ。少なくとも、戦争に心を許してしまった人間には。


「さあ、行くぞ──!」


 頷いた後に二人・・は、また駆け出した――



 この世界には英雄がいる。


 無論、産まれながらに才能ひとつで上り詰めた英雄もいるだろう。


 しかし、この世界ではある才能を持つものが最もわかりやすい形で、英雄ともてはやされる。



『異能』。



 人が生きていく中で、あるタイミングで強い目的意識を持つことによって発現するとされる能力。異能を使い国に忠誠を誓うものこそ、真に力を持つ英雄と呼ばれるのである。


 異能持ちに一介の兵士が立ち向かうことは難しい。

 何十人、何百人掛りでも歯が立たない異能使いもいる。

 故に、子供たちは羨望の眼差しで彼らを見る。


 しかし、忘れてはいけない。



 その『異能』に愛するものを奪われた人間も、山のように存在することを。

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