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クノリスの提案を受けてから、王宮の中が慌ただしくなった。
予定のしていなかったお出かけなので、スケジュールの調整が大変らしい。
特にアンドレアは「また予定にないことを!」と憤慨している様子だった。
大臣達は、クノリスの気まぐれに慣れているようで、特に文句は表立って言ってはこなかったようだ。
リーリエは、なるべく町の中に溶け込めるようなドレスをミーナに選んでもらい、準備をした。
持ってきたリーリエがグランドール王国で着ていたボロボロのドレスを着ていけばどうかと一度提案したが「逆に街の中で浮きますよ」と注意されてしまった。
リーリエが仕度を終えて、ミーナと共に馬車が停まっている場所まで向かう。
大勢の召使いたちが、一斉に頭を下げて「リーリエ様お気をつけていってらっしゃいませ」と口にした。
「さあ、馬車に乗るんだ」
一足先に来ていたクノリスが、手を差し出してリーリエを馬車の中に乗せた。
グランドール王国から来た時と同じ馬車だった。
ミーナは、一緒に同行しないらしく「お気をつけて」と馬車の外で頭を下げていた。
代わりに軍の人間が何人か同行するようだ。
「リーリエ様。今日はよろしく」
犬歯のような八重歯を見せながら、ガルベルが窓の外からリーリエに手を振ってきた。
知り合いがいるのは心強いとリーリエが手を振り返そうとしたところ、ガルベルは上司らしき男性に頭を小突かれていた。
「出発しようか」
クノリスが指示を出して、馬車の扉を閉めると同時に馬車が動き始めた。
後ろから馬に乗ったガルベル達が、馬車を追いかけるように走り始めた。
王都トスカニーニは、リーリアが想像していたよりも人々が生き生きと過ごしている街だった。
メノーラの言っていた通り、市場には、リーリエが見たこともないようなたくさんの種類の野菜と魚介類が並んでいる。
百聞は一見にしかずとは、まさにことのことだった。
初めて見る新鮮な景色に、リーリエは馬車の中から身を乗り出す勢いで真剣に眺めた。
「あまり身を乗り出すと、馬車から落ちるぞ」
クノリスが、街を物珍しく眺めているリーリエを苦笑しながら声をかけた。
馬車は市場付近を通り過ぎた後、広い広場を抜けて、住宅街の中へと入って行った。
馬車が停まったのは、古びた一軒の家だった。
レンガで出来た家は、ツタの葉が生い茂っており、お世辞にも裕福な暮らしをしているようには見えなかった。
扉が開けられると、クノリスはリーリエに手を差し出して「少し埃臭いが我慢してくれ」と微笑んだ。
家の中はもぬけの殻で、誰も住んでいないようだった。
リーリエは、誰かがいたと思われる家の中をクノリスの後に続いて歩いていく。
「懐かしいですね」
ガルベルを小突いていた中年の男が、静かに呟いた。
マーロと名乗った中年の男は、騎士団の団長を務めているらしい。
マーロは、クノリスに声をかけたというより、自分の中の思い出に浸っている様子だった。
後ろに控えていたガルベルも同じような表情を浮かべていた。
リーリエだけが、この古びた家がどんな場所であるのか知らない。
「ここは……?」
「ここは、元々の反乱軍の基地だった場所だ。久々に来たから汚いな……」
リーリエの質問に答えた後、クノリスが、椅子の誇りを払って慈しむような表情で呟いた。
「反乱軍……」
クノリスは、アダブランカ王国を己の力だけで勝ち取った王だ。
まさか最初に街の中を案内されるのが、彼らが秘密基地にしていた場所だとは思わなかったリーリエは、歴史の中の一部に触れたような気がして心臓が思わず跳ねた。
「お姫様には、少々刺激が強かったか?」
呆然と部屋を眺めているリーリエにクノリスが尋ねた。
「い、いえ……。ただ、本当に国を転覆させて王座を勝ち取ったんだなって」
「犠牲が多かった戦いだった……この家の家主は、あの戦いで亡くなった俺の親父が住んでいた家だ。」
「お父様が?」
「本当の父親ではないけどな。今日が命日だし、街を案内するついでに一度紹介をしたいと思ってな。嫌だったらすぐにこの家を出るが」
「い、いえ!とんでもない。せっかく来たんですし、掃除くらいはして帰りましょう」
グランドール王国では、侍女をつけてもらえなかったので掃除は自分自身でやっていた。
多少ひどい有様ではあるが、このくらいの汚さなら時間もかからずに掃除できるはずだ。
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