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「君はどうやら、まったく俺のことを好きはないようだな」


「結婚は好きとか嫌いとかではなく、王族同士なのですから当然です」


 手が緩んだ隙に、リーリエはクノリスから距離を取った。


 クノリスは追いかけてこようとはしなかったが「では一つ質問をしたい」と言葉をリーリエにかけた。


 その表情は、あまりにも真剣な表情だったので、思わず

リーリエは圧倒されてしまった。


「なんですか?」


 しばらくクノリスは口を開かなかった。


 沈黙が二人の間に流れた。


「君は、もし俺が王様じゃなかったら、結婚をしたか?」


「王様じゃないですか」


「仮にだ。もし、俺が身分の低い人間だったら」


「そんなの……っつ」


 出来ないの、当たり前じゃないですか。

 そう言葉を紡ごうとした。


 いくら虐待を受けていたとはいえ、リーリエは生粋の王族だ。

 階級制度を重視しているグランドール王国では、王族というだけで命を落とさずに済んできたのだ。

 王族であるということは、リーリエにとって、生きのびるための最後の砦のようなものだった。


 しかし、リーリエはクノリスの傷ついたような表情を見て、何も言えなくなってしまった。

 婚姻の儀式を前にして、肉体関係を結ぼうとしてきたクノリスの方が悪いはずなのに、なぜかリーリエは罰の悪いような気持ちになった。


「そんなの……実際に起きてもいないのに、考えられません」


 無理矢理に言葉を選んで、リーリエは口にした。


 クノリスの顔を見ることはできなかった。

 リーリエは自分の気持ちが分からなかったが、とんでもない間違いをクノリスに対してしてしまったことに関してだけは理解することが出来た。


「夕食を取ろう。アンドレアを呼んでくる」


 クノリスは、リーリエに触れもせずに部屋を出て行ってしまった。

 

 真夜中になっても、リーリエは寝付けなかった。

 食事の最中、クノリスは笑顔でリーリエに話しかけてきた。

 グランドール王国からアダブランカ王国に来た時と同じように。


 リーリエの頭の中には、先程のクノリスの傷ついたような表情がこびりついて離れなかった。


「君は、もし俺が王様じゃなかったら、結婚をしたか?」


 クノリスの疑問が、リーリエの脳内でぐるぐると回る。


 そんな質問、ありえない。 


 ずっと囚われていたリーリエにとって、国から出ることができる唯一の方法が他国の王との結婚だというのに。


 どうして、クノリスはあんな意地悪い質問をしたのだろうか。


 市民の中から王になったクノリスは、自分の出生を気にしているのだろうか。

 風呂場から気配を感じた。

 クノリスが入っているのだろう。


「真夜中の風呂場には、近寄らないでくれ」


 また、クノリスの言葉が脳裏に浮かんだ。

 言われなくても、クノリスの湯あみにわざわざ入っていくようなことはしない。

 リーリエはベッドの中で、音のする方に背を向けて、布団の中へ潜り込んだ。


「王は、誰も浴槽に近づけたがりません。それだけでなく、この部屋にも限られた人間しか近づけないようになっております。リーリエ様の側近になれる人間も私を含めて数人しかおりません」


 今度は、ミーナの言葉が脳裏に浮かぶ。


 誰にも見られたくないクノリスの身体。

 身分が違ったら、結婚は考えられないかと言ったクノリスの言葉。

 反対が多いのに、無理矢理に決めた結婚。


 何かがひっかかるが、リーリエの頭には思い浮かばない。


 湯あみに入れないのは、ひどい怪我を戦争で受けたから?

 それとも、見せられない印が彼の身体にあるから?


 考えれば考えるほど、リーリエの頭は混乱していく。


 分からないからではない。


 答えを導き出すのが怖いのだ。


 クノリスが、元奴隷なんじゃないかなんて、どうかしている。



 眠れないまま朝を迎えた。

 ほとんど手を付けなかった朝食を見て、ミーナが「ご気分が優れないようでしたら、今日の授業はキャンセルされますか?」と尋ねてきた。


「大丈夫よ。ちょっと寝付けなかっただけだから」


「長旅の疲れもあるでしょうし、あまりご無理はなさらない方が」


「いいえ。大丈夫よ。ミーナ」


 何かしている方が、気が紛れるとリーリエは、すっかり冷めてしまったカップの中のお茶を飲み干した。


「では、通常通りスケジュールを進めさせていただきます」


「クノリス王は?」


「本日は街の視察に行かれましたので、戻ってこられるのは夕方頃かと。まだ、出発されていらっしゃらないと思いますが、何か伝言いたしますか?」


「いいえ。大丈夫よ。ありがとう。それよりも、もう一杯お茶を頂ける?」


「かしこまりました」


 ミーナは、リーリエの言葉を受けてすぐに温かいお茶を淹れ直した。


 全くどうかしている。


 クノリスが元奴隷だなんてありえるはずがない。


 例え、あり得たとしても、元奴隷が王になるなど可能なはずがない。

 アダブランカ王国は、それまで奴隷に対してはひどい扱いをしていた国の一つだ。 

 例え、何者かのバックアップがあったとしても、クノリスが己の身一つで、一国の主にのし上がるなど、不可能だ。


 温かい紅茶が目の前に置かれた。


 グランドール王国では考えられなかった待遇だ。


 クノリスに感謝こそすれ、頭の中だけだとしても、考えていいことと、悪いことがある。


 そんなことよりも、リーリエとクノリスの間には、片付けないといけない問題がいくつもあるのだ。


 わざわざ大きな問題を、自ら作り出してしまうことは、今のリーリエにとって得策ではないはずだ。


 昨晩は、考えすぎて変な方向にいってしまっていただけだとリーリエは、気持ちを切り替えた。

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