英雄王と鳥籠の中の姫君
坂合奏
Prologue
Prologue
「火事だ!」
誰かが大きく叫んだのと、視界に炎が入って来たのは、ほとんど同時だった。
奴隷の少年ディーシェは、慌てて逃げようとしたが、部屋から出ようとした時には、既に火は部屋の目の前まで来ていた。
生まれてから十二年間も住んでいた、人がひしめく狭い部屋の中は、まさに大混乱であった。
「奴隷を一気に始末しようっていうのか、あの王は」
仲間の一人が毒づきながら、咳をした。
煙はドアの隙間から部屋の中まで侵入しているのだ。
奴隷産国である、グランドール王国では、流行病によって人々が苦しんでいた。
特に衛生面が整っていない奴隷達の間では、瞬く間に広まっていた。
このままでは、国が崩壊するということから、健康状態の悪そうな奴隷達を一気に始末してしまおうという王の判断だった。
確かに具合の悪い仲間はいたが、健康状態が悪くない人間も多々いるというのにも関わらず、近くにいる者は全て燃やしてしまえという命令はあまりにも些末すぎる。
「逃げろ!」
「一体、どこへ……逃げろってんだ!」
「壁を壊せ!ゲホゲホ」
「足枷が邪魔で、これ以上は無理よ!ゴホゴホッ……」
煙を吸い込まないようにしながら、必死に人々は逃げるための行動を起こすが、足枷が邪魔でどうにもならない。
壁を伝って天井に火が広がり、黒い煙が視界を防いで、前を見ることができない。
ミシミシと木が軋む音が聞こえる。
逃げ場のない部屋の中にいた誰もがもうおしまいだと思った時だった。
「みなさん。これを!」
第四王妃のサーシャとその娘リーリエ、そして彼女達の護衛達が、奴隷達の知らない隠し扉を開けて、登場し、足枷を繋ぐ鎖を断ち切るための斧を彼らに手渡した。
王族の中でも、隣国のノーランド王国から嫁いできたサーシャ王妃は、グランドール王国の奴隷制度に最も反対している一派の一人であった。
呆気に取られている奴隷たちに、僅か七歳である娘のリーリエ姫が「早く!」と叫んだ。
少女の声に我に返った奴隷達は、煙の中で必死に、自分たちの鎖を斧で断ち切り、切れた者から外へと逃げた。
「お母様!」
リーリエが、自分より大きな斧を使いこなせていない少年ディーシェを発見して、自分の母親に呼び掛けた。
「ありがとう……」
ディーシェが御礼を言うと、リーリエは首を横に振った。
「心配はいらないわ。もう助けが来るから」
「君はもう逃げた方がいい」
「いいえ、助けが来るまで一緒にいるわ。それに、子供二人でも一緒にやれば切れるかもしれない」
リーリエがディーシェの手の上に自分の手を重ねた。
その瞬間、リーリエとディーシェの視線も重なった。
お互いにお互いが不思議な感覚に陥っていた。
まるで昔から一緒にいたような、懐かしい不思議な感覚に。
「リーリエ、あなたはもう外へ出なさい!」
娘のところへ慌てて駆け付けた第四王妃サーシャは、娘を自分の護衛の一人に預けると、もう一人の護衛にディーシェを救うように指示した。
ディーシェが助けられたすぐ後に、炎がディーシェのいた場所を飲み込んだ。
「ありがとう……」
ディーシェは王女とその側近たちに向かって御礼を言った。
サーシャは、ディーシェを抱きしめて「あなたのような子供にまでこんな思いをさせる国でごめんなさい」と泣きながら謝罪をし、彼を外に逃げるように指示をした。
外に出たディーシェは、混乱に乗じて、この国を離れる決意をした。生まれてこのかた、あの狭い部屋と作業場以外を知らないディーシェにとって、生れて初めての人生における自由な決断だった。
山脈に囲まれるグランドール王国は、一歩国から出れば山の中だ。
幸い季節が冬に突入する前だったので、逃げ切るには絶好の気候だった。
もう少し季節が先になっていたら、ディーシェは逃げ切る前に凍えて死んでしまっていただろう。
グランドール王国からだいぶ離れ、一息ついた時、一瞬、ディーシェの頭の中に王女と幼い姫のことが過った。
奴隷を扱うこの国で奴隷を逃がしてしまったら、あの人たちはどのような仕打ちを受けてしまうのだろうかと、ディーシェは不安になった。
しかし、ディーシェの中に戻るという選択肢は残っていなかった。
逃げた奴隷として、戻れば殺されるに違いない。
ディーシェは知らなかったが、彼があともう一歩グランドール王国から逃げるのが遅かったら、逃げた奴隷を捕まえようと奔走していた王宮の騎士団に遭遇してしまっていたのだ。
人の心配をしている場合ではないのだと、ディーシェは命を助けてくれた人たちのことを切り捨てて逃げることを考えた。
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