第24話 戦闘モードの代償

 パパが目を覚ましたのは、五日後の私の誕生日だった。


「俺は幻夢に負けそうになった。……スピカと星歌と産まれるべきだった息子と四人で暮らす幸せな日々を見せられるなんて……」


 目覚めたパパは身を起こし辺りを確認し自分の部屋だと分かるなり、絶望に似た表情を浮かべ、辛そうに呟き大粒の涙を流し泣き崩れる。

 聞いた瞬間胸が苦しくなり、パパの心境を理解した。


 パパにとっては例え夢幻だとしてもそんな世界に生きて行きたくって、この現実を捨てたいと思っている。

 今目覚めた事を後悔して、私を重荷に感じているのかも知れない。


「……パパありがとう。辛い決断だったよね?」

「……怒らないのか?」

「怒るはずないじゃん。私のためにいっぱいいっぱい傷ついて、ようやく夢幻で幸せな日々にたどり着いたのに、私がこっちにいるから辛い決断をしてこっちに戻ってきてくれたんだよね? だからありがとう」


 私のために何度となく自分を犠牲にしているパパには感謝の気持ちしかなくって、涙をこらえ笑顔でパパをギュッと抱きしめる。


 私のパパは世界一子供想いの愛情深い父親。

 パパだって人間なんだから自分優先に考えたとしても、それを私に怒る権利はない。

 それにパパが望んでいる幻夢には私もいるから、どっちにしても私の事をちゃんと考えてくれている。


「そうじゃない。幻夢に未練はあるが、後悔はしてない。辛い決断をしたんじゃなく、俺自身がこの場所に帰りたいと願ったんだ」

「本当に? 私に気を遣わなくって良いんだよ」

「本当だ。この涙は幻夢に負けそうだった自分が許せなかったんだよ。………手を握り続けてくれたんだろう?」

「ず-とじゃないけれどね」

「そのおかげで俺は目覚める事が出来た」

「…………」


 弱り切っているはずなのに、迷いない言葉で嘘偽りがまったく感じられない。

 てっきり目覚めた事に後悔をしているとばかり思っていたのに、どうやらそれは思い過ごしだったようだ。


 ただ幻夢の中ではそれが現実だと思い込んでいたから、目覚める事を考えられなかった。

 もし私が手を握っていなかったら、パパはずーと幻夢の中で幸せに暮らしていた。


「改めて戦闘モードがどんなに恐ろしい物か身に染みて分かった。今まではどんな幻夢を見せられても打ち勝つ事が出来ていたから、俺には幻夢なんてどうって事がないって軽く見ていた」

「戦闘モードって、火事場の馬鹿力みたいな物で力を使い果たしたら眠りに就くものじゃないの?」


 とてつもない嫌な予感がして、抱くのを辞めパパの顔を見つめた。


「公ではそう言う認識になっている。だが真実は極限以上の肉体と冷酷な精神を手に入れる代わりに、力を使い果たし弱り切っている状態で試練を受ける事になる。術者が望む幻夢を見せられそこから五日以内に抜け出せなかったら、戦闘モードを使う資格はないとみなされ肉体と魂はその場で破壊される。……今日は何日目だ?」

「……五日目の朝」

「危なかったんだな。きっと次はないだろう」


 初めて知る恐るべき真実に血の気がサッと引く。

 エアコンの温度は適温なのに、急にゾクゾクする寒気を感じ恐怖の渦に飲み込まれそうだった。

 それなのにパパは鬱ぎ込んではいるけれど、冷静に受け止め平気で更なる冷酷な事を口にする。

 怖かった。


 たった今戦闘モードは恐ろしい物で今回危なかったと自覚しているはずなのに、なんでその力を封印する選択じゃなくって死ぬ前提でも使おうとするの?

 死ぬのが怖くないから?

 それともやっぱり心の奥では、幻夢の方がいいって思っている?

 パパが何を望んでいるのか分からない。

 娘の私にも心を開けないの?


 だけど私はそれでもパパの手を放さない。

 パパが私に今までたくさんの愛情を注いでくれたように、私はパパにたくさんの優しさをあげられるように頑張る。


「パパ、大丈夫だよ。もう二度とこんな事件は起きないから」

「え?」

「龍くんが異世界起動装置を封印してくれたんだ。二度と異世界から地球に繋がるゲートが開かないようにね」

「そうか。それなら今度こそ安心だな」


 優しい気持ちでこの不穏な空気を取り除くべく現状を伝えると、不思議そうな笑みを見せるもすぐに肩の荷が下りたような安らかな笑みを浮かばせる。

 五日ぶりの大好きなパパの笑顔が、私の不安を一気に吹き飛ばしてくれる。


 これでようやくすべてが終わった。

 まだパパの意識改革が残っているけれども、今は素直に喜んでも良いよね?


 心の底から純粋な気持ちでそう思えてもう一度パパに抱きつきたかったのに、階段を登ってくる龍くんの足音が聞こえて来たので我慢する。


 目覚めないパパの事を深刻に受け止めたのは三日目の夜だった。

 あんなに心配するなとか言っていた癖に、落ち込みようが半端なく私の不安を余計に煽ったのは言うまでもない。

 起こすのを必死になっていろいろ試していた所を見ると、戦闘モードの真実を教えていないらしい。

 いくら龍くんでも真実を知ったら止められるから、隠しているんだろうな?



「星夜、ようやく目覚めたんだな」


 目覚めているパパの姿を見て、龍くんは安堵の笑みを浮かべるが、


「龍ノ介、いろいろすまなかったな。俺ならもう大丈夫だから」

「ああ。それよりいろいろ聞きたい事がある」


 見る見るうちに龍くんの表情が鬼の形相へと変わり、ドスの効いた声で問いではなく強制する。


「そうだよな……。星歌、龍ノ介と話をしたいから席を外してくれないか?」

「分かった。……パパ、頑張って。龍くん、言いたい事は分かるけれど、今日の所はほどほどにしてね」


 ようやく笑顔になってくれたパパなのに再び表情が凍り付き、話の内容に心当たりがあるようで私を遠ざけようとする。

 もちろん私にもバリバリ心当たりはあるから聞き分けよく頷き、パパには声援龍くんには穏便にとだけ言い残し部屋を出る。

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