三の十一 饗宴の後始末 〜清爽〜

 ドボドボと流した水が、どばどばと排水管を流れ出た。ささやかな噴出音が、祝砲に聞こえた。花吹雪の代わりの水飛沫を添えて。


 前に進んでいると信じていたものの、正解だとハッキリ分かるまでは背中の芯を不安の二文字が上下していた。

 終わった。

 やっと感じる余裕のできた風、家の側面を通り過ぎる穏やかな風が背中を撫でる。屈む姿勢で力を預けていた背中をゆっくりと伸ばして緊張から解き放つ。物理的にも、精神的にも。


 ただ。

 終わりは、終わりじゃあない。


 終わりに直結する始まりの時、今この瞬間からまた怪人たちのとの戦いが始まる?

 いや、そうではなく。


 片付けなくてはならない。


 たいていの物語で省略され、日常生活においても重視されない事柄。

 面白いこともなく、淡々と済ませるだけの作業であり、ゆえに誰も彼もに軽視される。

 物事を始めるには準備、物事を仕舞うには後始末がある。

 特に道具類には手入れが必須だ。

 掃除機の掃除、洗濯機に溜まったホコリクズ捨て、包丁は研がなくては使えなくなるし、トイレットペーパーの芯はどうして床に転がっているのか。


 床下排水管を這い回り、油脂の固まりを見事に追い出してくれた黒蛇、パイプクリーニングホースもまた、汚れを纏っていた。

 触れてしまえば簡単には取れず、夢に見そうな程の臭いのある、ねちょねちょとした汚泥のただなかを這いずり回っていたのだから、当たり前と言えば当たり前。

 ただ、先に進む際には先端ノズルから水を出しており、ホース自体はその下流側にあったから、ホースの黒色が分からなくなるほどの汚泥に包まれているかというとそうでもなかった。ところどころに付いた黄土色の汚れは、ホースを取り出しつつウェスで拭き取っていたから、後は先端ノズルの汚れのみ。


 金色に光っていたノズルにはが付いて、輝きを翳らせていた。特にへこんだ部分は排水管内を擦った際に抉り取ったのか、汚泥が厚ぼったく纏わり付いていた。

 ウェスで丁寧にこすり取る。台所洗剤などを付ければもっと取りやすかったかもしれない。

 お疲れさま、ありがとうと、労いの気持ちを指先から伝える。

 何度かウェスの汚れていない箇所で拭き取りを繰り返して、ノズルを置いた。


 汚水枡を再度覗き込む。

 流れ着いた固まりは取り除き、道具類の取り落としもない。しばらく開けなくても良いように念じながらフタをする。


 黄色い高圧洗浄機ケルヒョー(仮)の本体の電源コードを抜き、散水ホースノズルを取り外す。コードとホース類をすべて輪状に巻いて、パイプクリーニングホースは大きめのナイロン袋に入れて屋外の収納箱へ、その他は高圧洗浄機本体の箱へと片した。

 油脂の固まりの入った袋をゴミ箱に入れ、ゴミ箱を定位置に戻す。


 見た目も音も騒々しかった犬走りが、元の静けさを取り戻した。

 汗ばんだ頬を、まだ冷たい三月の風が爽やかに撫で去った。

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