三の五 日々の成長 〜歳月〜
再びトリガーガンを握り、高圧の水を噴出させる。
トリガーガンは高圧洗浄機の動作スイッチであり、ブォンンと独特のモーター音が響く。汚水枡の横穴からは水が排水管内に反響する、これも独特の音が飛び出し、透明な水が流れ出す。
パイプクリーニングホースをさらに押し入れると、泡立つ狐色の水に変わった。
油脂のカケラも流れていく。先ほどの固まりの残党か小物か。
ゆっくりと進んでいくと、引っ掛かりを感じた。少し引いてから再度押し込む。前に進んだ。
どうやら九十度の角を無事曲がれたようだ。
さらに繰り入れると、またもや音が小さくなり、横穴から落ちる水量が減った。
ここにも、いる。
大物の気配に身構える。
曲がり角は第一汚水枡から二メートル先。黒蛇を二メートル以上中に入れたということ。手元での動きがうまく先端ノズルに伝わるか。
悩むより、やる。
ガシガシ、ガシガシ。
音と流れに注意しながら、左手を動かす。
狐色の水とともに、小さなカケラと少し大きなカケラが続々流れてくる。
問題なく剥がせているようす。
と、減っていた水量が戻り、汚水枡の横穴から灰色と黄土色の混じった固まりが顔を出した。ホースを離して、落ちる前に受け止める。
最初のより少し小さいが、立派に育った油脂の固まりだ。
十数年というのはあっという間のようで、実に長い。
人の体感では二十歳で人生の半分が終わるらしいし、年を取れば取るほど体感時間は短くなるから、この年月を瞬く間だと感じていたのだが、排水管の中の油脂にとっては十数年は十数年で、毎日毎日少しずつ流れてくる仲間たちと徒党を組むには十分な年月ということだ。
大きくなったな。
成長とは時に煩わしく、多くは喜ばしいもの。
赤子の時分、泣き喚いて気分の良し悪しや空腹やおむつの汚れを伝えてきた子どもは、二歳になると泣き喚いて気分の良し悪しや空腹や好き嫌いを伝え、十五歳になると喚き散らして気分の良し悪しや世間の理不尽や己の能力の不甲斐なさを伝えるようになる。
家族に甘えて鬱憤を晴らして己の存在を認めさせ、家族という他者に認めさせることで己を確立していく。
成長の振り分けは人により異なるけれど、家の外での成長、社会的な立場や振る舞いの成長と、家の内での成長、親兄弟に見せる姿とは乖離しているものだ。
成長しても変わらない何かを家に置いたまま、社会生活を送っていく。
排水管に己の一部分をねっとりと擦り付けて成長していく油脂とどこか似ている。
家族の成長と重ねるには微妙以前に相応しくないモノかもしれないが、この家で暮らす者たちの日々を床下で見守ってきたモノでもある。
もちろん作業中に感慨に耽る暇はなく、流れるようにゴミ袋に入れた。
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