三の七 怪人の底企 〜炯々〜

 油脂の固まりは次々と流れ落ちた。

 パイプクリーニングホースを突っ込んだ横穴、床下排水管から第一汚水枡へと排水が注ぐ出口に当たる横穴からダダーと流れ出る水に乗って、ぬっと顔を出した途端に汚水枡へと落下していくのだ。


 初めのひとつふたつは受け止めて観察などしていたが、やがて落ちるに任せてしまった。

 慣れてくると作業は単純化され、耳も目も手すら勝手に動く。落ちてくる固まりひとつひとつを拾っていては進まない。

 耳を澄まし、横穴から流れ出る水の色や混じる欠片を観察する。音も姿もあっという間に通り過ぎていく。瞬間瞬間ではなく、変化を眺めているに等しい。


 詰まりを見つければガシガシとパイプクリーニングホースを動かし、詰まっている気配がなくなれば、その位置よりもさらに奥にホースを入れる。


 自動操縦のロボットのように。

 繰り返し、繰り返した。


 機械人形はしかし、変化の差分には敏感だった。

 ふと、じっと見詰めていた横穴ではなく、第一汚水枡の縦穴に視線が吸い込まれた。


 


 視線の先にあるモノが脳内で像を結ぶや否や、像のイメージが擬音となって別の領域に現れた。

 実際は鳴りも転がりもしない。

 が、怪人たちの主張、己の存在感を誇示する姿勢は、受け手にイメージを送り込んできた。


 覗き込まなくては見えない奥底から順に重なり積み増して、ホースや水の出入りを監視する視線を僅かに下げれば存在を認識できるほどに背丈を伸ばして、第一汚水枡の半分ほどを怪人たち、落ちてきた油脂が埋めてしまっていた。

 積もり重なる固まりは水流に押されて第一汚水枡の下流出口を塞いでしまいそうだ。


 塞いじゃうよ、いいのかい。

 ぬっと、今度は下からこちらを舐め上げる。床下排水管から追い出された怪人たちは、まだ。機会を狙っているのだ。

 公共下水道まで流すには成長しすぎた尊大な固まりは、ヒトを煩わせるのが愉快でならない。


 残念だが、ここまでだ。


 高圧洗浄機のトリガーを離して水を止め、ホースを置いて代わりにトングを手に取る。怪人たちの目論見は看破された。企てとは露見すればほとんど失敗というもの。

 長い金属の先端を縦穴に刺し入れ、油脂の固まりを挟む。

 逃げ隠れはもとより、もろもろ崩れ落ちたりはせずにしっかりと掴まれて、引き上げられる。


 ひとつ、ふたつ、たくさん。


 拾い上げた油脂の固まりを小さなビニール袋に詰め込んだ。

 袋の口をしっかりと結んで横に置き、別の袋の口を広げる。

 もう声も姿も見えない固まりは、ただのゴミに戻った。


 さあ、あと少し。

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