一の十二 汚水枡の洗浄 〜開通〜
不安と迷いを振り切り、作業を続ける。
姿勢は崩れ、勝手口ポーチの階段に抱きつくようになっている。
お玉を握る腕は、肘の辺りまで汚水枡に入り込んでいる。
ビニール手袋は肘の手前までの長さ、汚水枡の中に全体が入り、上から入ったのか、それとも染み込んだのか、じわりと指先に湿った感触がある。
いよいよズボンにも汚れは付いて、ところどころに付く白い染みが異臭を放っている。
と、再び固いモノに当たった。
腕を抜き、園芸支柱を差し込む。
中央付近は固い感触の一方、端部に沿わせると緩やかにカーブしながら下降して突き当たった。
底だ。
ようやく底に辿り着いた。
中央付近にある固いモノは下流に通じる排水管か。
しかし、底より十センチほど上に水平から下向きのL字型排水管があるとしても、周辺も内部も汚泥や固まりと一体化しているだろう。
まずは、周辺の固まりを突き崩して引き上げなくては。
方針は決まった。
引き抜いた園芸支柱を側に転がし、すぐにスパチュラに持ち替える。
汚水枡に、ねじ込む。
覗いたとて見えるのは闇だ。
目よりも確かな目が、この手のひらにはある。
跳ね返る刺激を感覚に変え、知覚へと変える手指が、得物の柄を握る。
側面に沿って下降する。先端は底に着いた。手首を軽く返すと、固まりの脇腹に当たる。
狙いは定まった。
入口が八センチ、内径およそ九センチの汚水枡の中、突っ込んだ肘は動かない。
身体で、肘のひとつ上の可動部位は肩、しかし、肩だけを動かして先端のスパチュラまで力を伝えられるか。
否。
勝手口ポーチの階段に抱きついた上半身を、ほとんどバウンドさせて、腕全体を上下させる。体重を乗せた力を、腕からスパチュラの先端まで届ける。
がっがっがっ。がっがっ。ぐっ、ぐっ、ぐり。
動いた。
手首を捻り、スパチュラで混ぜる。
底には水分が多く残っていたためか、固まりは解れ、どろりとした感触に変わる。
ぜんたいを、かき混ぜられる。
L字型の排水管は、ない。
腕を引き上げ、お玉に持ち替えた。
慣れた手つきで汚泥を引き上げる。二度、三度。そして。
お玉を下ろしても、何も掬わなくなった。
覗き見る。
六十センチかそれ以上、深い穴の底は鈍い青色、半分にカットしたパイプのように湾曲している。水が流れやすい形状。
スパチュラに持ち替え、底を撫でる。左側に汚水枡の径からはみ出した部分。そこは。
下流への出口を、見つけた。
【第一部 完】
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