三十六膳目 「とうもろこしのかき揚げ」
「さ、ようやく全部終わったね!」
「まったく…、一生分のとうもろこしむかされたよ」
二人の前に置かれた一抱えはあるボール一杯に、むしられたとうもろこしの粒が黄色い山になっている。
「さ、ここからが本番だよ」
「えー、俺は休んでていい?」
「ま、約束したものはしょうがないね。お疲れ様」
やれやれといっか表情で、和樹がいつもの踏み台に腰かける。
「んで、次は何作んの?」
「うーん、次は揚げ物にしようかな…」
「揚げ物?」
「うん。ここまで作ったのが五品でしょ?」
「え、まだ俺四つしか食べさせてもらってないよ」
「向こうで生のまま丸かじりしたじゃん」
「えー、あれ料理って言うかぁ?」
何故か和樹が不服そうな顔をする。
「いいじゃん、美味しかったんだし」
「何かズルい気がするんだよなぁ…」
やはり和樹の中では、どこか納得いかないものがあるらしい。
「生の空豆だって一品に入れたんだから、同じようなもんでしょ」
「ま、そういうことにしておきますか」
「食べさせてもらってる立場で、生意気だなぁ、」
「だって俺、ちゃんと手伝ってるもん!」
「ハイハイ。で、和樹は何食べたい?」
陽平が和樹の抗議をさらりとかわす。
「とうもろこしで揚げ物でしょ…、うーん、さつま揚げにとうもろこし入ってるヤツしか知らないなぁ、」
「お前それ、居酒屋で食べたんだろ?」
「あっ、やっぱバレました?」
「お前らしいな」
陽平がくすりと笑う。
「揚げ物じゃないとダメなの?」
「うーん、なるべくなら十品の中に色んな調理法入れたいからなぁ……。ちょっと調べてくる」
「陽平さん、どこ行くの?」
和樹の呼びかけにも答えず、陽平はエプロン姿のまま書斎の中に入っていく。そうかと思えば、数分後には一冊の本を手に何事もなかったかの様な顔で戻ってきた。
「よし、決めた。天ぷらにする」
「天ぷら?」
「まぁ、正しくはかき揚げかな」
「とうもろこしのかき揚げ?」
「そう」
陽平は生のまま残しておいたとうもろこしを手に取った。それを思いっ切り半分に折ると、皮むきの要領で包丁を使って実を削ぎ落し始めた。
「陽平さん、さっきまでせっかく手でむしってたのに、包丁使うの?」
「うん。揚げ物にする時にさっきの粒使うと、爆発することがあるからね」
「ふーん」
陽平は削いだ粒をボールに集め、それに薄く小麦粉をまぶしていく。
それとは別のボールに天衣も用意し、できあがった天衣を少しずつとうもろこしのボールに加えていく。その横のコンロには、もう既に揚げ油の鍋が支度されている。
ボールの中の天ダネを切るようにして混ぜ合わせていき、陽平は穴の開いた玉杓子でタネをすくい上げた。杓子で余分な衣を落としつつ、温度の上がった油の中にタネをゆっくりと流し入れていく。
「うわぁ、音だけで美味そう…」
音に釣られた和樹がむっくりと立ち上がり、鍋の中をのぞこうとする。
「まだ食べれないからね?」
「わかってるってば」
「ほら、油跳ねるから大人しく…」
そう言いかけた陽平の腕に、油が跳ねた。陽平はほんの一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに飛んだ油を拭き取り、平然と調理を続けていく。
「陽平さん、」
「ん?」
「熱くないの?」
「うん…、まぁ、別に」
陽平はかき揚げの縁を菜箸で軽く突いている。端が固まっているのを確認したら天地をひっくり返し、出てくる泡が小さくなるまで揚げていくのだ。実が爆発しないように火加減を注意しながらも、やや高めの温度で手際よく仕上げるのが食感をよく仕上げる肝なのである。
「手当てしなくていいの?」
「そんな大げさな…。この程度なら大丈夫だよ」
「でも…」
心配する和樹をよそに、陽平は次々と同じように何個もかき揚げを作っていく。
とうもろこしを入れていたボールが空になると、今度はヒゲと実の両方をボールに入れた。先ほどと同じように小麦粉を薄くまぶし、天衣をまとわせる。
菜箸を玉杓子に持ち替えて、陽平はまた油の中に一個ずつかき揚げを落としていく。ヒゲの食感が活きるよう、今度は先ほどよりも少し薄めに広げてある。薄衣に仕上げられたかき揚げは、いずれもとうもろこしの鮮やかな黄色が際立っていた。
「さ、できたよ。半分はヒゲを混ぜてみた」
「食べていい?」
「どーぞ」
箸を手渡された和樹は、まず実だけの方のかき揚げを味見する。和樹が一口噛んだ瞬間、かき揚げからサクッという小気味いい音がした。
「やっぱこのとうもろこし甘いね! サクサクで美味しい!」
「さ、ヒゲ入れた方も味見してみて」
促されるままに、和樹は立て続けにもう一枚かき揚げを味見する。
「……どうよ?」
「こっちは『パリパリ』って感じだね。噛むところによって実が出てくるのがいいね」
大方陽平が予想していた通りの、単純な感想が返ってきた。
そのことに少し張り合いのなさを感じつつ、陽平は満面の笑みで食べ進める和樹を見ていた。
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