二十六膳目 「じゃがいものお焼き」
陽平はじゃがいもをいくつか手に取り、それを皮のまま薄く切っていた。
「陽平さん、また細切りにすんの?」
陽平の手つきを見て、和樹が脇から口を挟んできた。和樹は流しに立ち、なますに使う用の細切りのいもを水洗いしている。
「そうだけど」
「まさかそれも水にさらすの?」
「いや、これはこのまま使う」
「よかったー。てっきり俺また何回も水替えて洗うのやらされるのかと思った」
「もうそれでおしまいだから、心配しなくて大丈夫」
和樹が安堵の表情を浮かべる。言葉通り、陽平は切り終わったじゃがいもをさっと洗っただけで空のボールに入れた。
「その細切りは何にするの?」
「これは『お焼き』にしようと思ってる」
「じゃがいものおやき…?、聞いたことない料理だな」
「じゃがいものガレット、って言った方が伝わるかな?」
「あーそれなら知ってる!」
「これから作るのは、それをアレンジしたレシピ」
陽平がボールに小麦粉を入れ、箸で全体を混ぜ合わせていく。そこに溶いた卵黄も加え、ダマを作らないよう更に混ぜ合わせる。
「これもどっかの本で見たの?」
「いや、これは昔、人に教えてもらった」
「ふーん、そうなんだ…」
さっきの失言を警戒してか、和樹は当たり障りのない返しをする。
「先輩の作家さんで、
「あー、前に陽平さん話してたことあるね。俺はお会いしたことないけど」
「お互い学生だった時代から親交のある方だけど、面白い人だよー」
「そうなの?」
「あの人はねぇ、男女の枠組みなんかでは語り切れない人。そんな単純な概念を超越した存在」
「ナニソレ? 男性と女性どっちなん?」
陽平の言葉に、和樹の目が点になる。
「見た目も身体的にも女性だけど、あの人はそんな単純な言葉で片づけられる人じゃない」
「俺にはよく分からないな…」
「お前、そういう思索的な話ホント苦手だよな」
陽平が先ほどのボールに、鮭のフレークとざく切りにした三つ葉を入れる。
「はい、これが、この料理の肝。鮭と三つ葉で和風にするの」
「へー」
考え事をしているのだろう、和樹が生返事をする。陽平が出来上がった生地を、油をしいて温めていたフライパンに流し入れた。
「実際のところ、俺にも透瑠さんのことはよく分からないよ」
「え?」
「そりゃ他人なんだからそーでしょ。あくまで私も私から見た側面しか知らないよ。常日頃から透瑠さんがそう自称してるってだけだし。私はあの人のことを、性別という概念自体に囚われて生きてない人なんだな、って思ってるけど…」
「分かるような、分からないような…」
「ま、透瑠さんが特別ってより、人間は皆誰しもそういう側面は持ってるってことだよ」
「そうなのかなぁ…」
陽平がフライ返しを取り出し、生地をフライパンに押しつけるようにして焼いていく。
「他人から見えることでは、その人の全ては推し量れないってことだよ」
「ま、それはそうかもね」
「ねぇ、和樹」
「ん?」
「今、俺は頭の中で思い浮かべてること、当ててみて」
「うーん、『次の料理何しようかな?』とか?」
「ハズレ。『コイツ論理的思考苦手過ぎやろ』って思ってた」
「ちょっと!」
和樹が思わず声を荒げた。陽平が片面が焼き上がった生地の天地をひっくり返す。細切りにしたじゃがいもが、網目模様のようになってこんがりと色づいている。
「所詮他人である以上、どんな相手でも全てを知ることはできないってことだよ。俺は常にそう思いながら、人と話すようにしてる」
「そうだね。ちょっと悲しい気もするけど」
「誰に対しても完璧な配慮ができる訳じゃないけど、そう推し量るクセをつけておくのは有効な気がするな」
「俺も今度から気をつけるようにするわ」
「さ、焼けたよ。難しい話につき合ってくれたご褒美」
陽平が焼き立てのお焼きを切り分けて皿に乗せた。
「マジでこの数分で今日一日分の脳みそ使ったわ」
「じゃぁ、そんな君に、水切りヨーグルトをつけて食べる権利をあげよう」
同じ皿に、陽平は一すくいヨーグルトを入れた。
「やったことないけど相性いいはずだよ。食べてみ?」
和樹がヨーグルトつきのお焼きをゆっくりと口に運ぶ。
「どーよ?」
「美味いよ」
「それだけ?」
和樹の皿をひったくり、陽平も一口味見をする。サクサクとした生地とヨーグルトがよく合い、三つ葉の香味と鮭の塩気も上手く調和していた。
「あ、これかなり正解な組み合わせだったわ」
陽平は満足気な顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます