其の肆 鯛の九つ道具
今ではおやりになる方もほとんどいらっしゃらないでしょうが、一昔前まで鯛の骨を縁起物としてお財布の中に入れることがあったそうでございます。この時使ったのは普通の骨ではなく、「鯛の中の鯛」と呼ばれた特別な形の骨。その名の通り、鯛に似た魚型の骨でございます。本編でも陽平と和樹にも探してもらおうと思ったのですが、お話の都合で泣く泣く削らせて頂きました。胸ビレ辺りの骨ですので、鯛の頭を召し上がる機会がございましたら、実際に探してみられるのはいかがでしょうか。
鯛の骨を縁起物としてありがたがるのは江戸時代に盛んであったようでして、鯛の身体を諸国の名所のように見立て、絵入りで骨を解説したその名も『鯛名所之図』なんていう資料も残っており、その人気ぶりがしのばれます。その図の中で登場するのが、「鯛の九つ道具」というもの。これは、
鯛中鯛は先にお話した鯛の中の鯛のことで、鳴門骨というのは前の小噺でお話した骨にできるコブのことです。鳴門の鯛に多く見られたことからこの名がありますが、急流で育った鯛ならば鳴門以外でも見られます。大龍は眼と口の間にある骨であり、鯛石は目元にあり平衡感覚を司る耳石のこと。三つ道具と鍬形はエラの上から背ビレ辺りの骨、小龍と竹馬は尾ビレの付け根の骨に当たります。さて、最後に残った「鯛之福玉」は、何と骨ではなく鯛の口内に棲む寄生虫のこと。正式には「タイノエ」と申しまして、雌雄一対で生涯鯛の口の中に棲むそうでございます。その生態から夫婦円満の象徴ともされ、かつては婚礼の時にはこのタイノエつきの鯛が供されたとか。今の価値観からする信じられないようなお話ですが、時代が時代だったということなのでしょうか。
念のため申し添えておきますと、このタイノエ、人間が食しても害はないそうでございます。ただ、これがいる鯛はタイノエに栄養を奪われているため、味の面では劣ることが多く、あまり積極的にお勧めは致しません。
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