第17話 関東州の北部へ

 関東州の北部へとやってきた。今はまだ雪の降る季節ではないが、そこそこ気温は低い。この辺りの住民たちもそれなりの防寒対策を取っているようだ。具体的にいうと、衣服は二重、三重になっている。

 家の中では常に火を焚いて、暖を取っている。冬になると食料の確保が難しくなるので、今のうちから地下のスペースに蓄えているようだ。少しでも長く保存できるように、乾燥させたり、塩を使っている。この時代の潮は海水をただ煮詰めて作っただけの粗塩だ。その分、苦味も強い。

 関東州の北部では、雪が降り出すまであと1ヶ月もないだろう。だいぶ冬支度も進んでいる。この辺りでは雪が積もっても大丈夫なように、住居を高くして作ってある。それははるか縄文の時代からあったことだ。家の下部分に高さのある柱をつけて、地面から浮かせるのだ。



 この時期になると海水温がかなり下がっており、日本海側ではもう漁には出ていない。流石に男性といえど、凍えてしまうくらいに水温が低い。ましてこの時代にドライスーツなどは存在していない。生身の素潜りなのでなおさら大変なことだろうと思う。

 この時代に温室、ビニールハウスなどは無く、冬場は作物を育てることもできない。冬でも自然に生えるものが無い訳ではないが、極端に減ってしまう。だからこそ今の段階から少しでも蓄えておく必要があるのだ。

 できる限り蓄えておくために、今はかなり節約に努めているようだ。可能な限り食べる量を減らしている。それでも子どもには無理をさせないように、しっかりと食べさせているようだ。



 そんな子どもたちはというと、多少の寒さなんて気にもせず元気に外を走っている。みんなで誰が速く走れるかを競っているようだ。みんな走るフォームがすごく綺麗で、かなり速く走っている。現代の子どもたちよりも速い子が多い。

 子どもたちはしっかりと体を動かしている。健康な体をしていることだろう。姿勢もすごくいい。背筋がしっかりと伸びている。ちょっとやそっとのことでは病気をしないのではいかと思う。

 子どもたちが家に帰ってくると、母親がおやつを用意してくれていた。今日のおやつはクッキーのようなものだ。小麦ではないが、麦を粉にして作ったクッキーのようだ。中には砕いた木の実が入っている。今日はどんぐりだ。



 おやつを食べ終わると、子どもたちは家の手伝いをするようだ。何を手伝うかはそれぞれで違っている。いま見ている家では、母親の夕食作りを手伝うようである。この時代の包丁は重たい石でできているので、子どもは食材を切ったりはしないようだ。混ぜたり、盛り付けしたり、あるいは料理を運んだりしてお手伝いをしているようだ。

 そして夕食が完成した。みんなで食卓を囲んで座る。この時代に残業なんていう概念は存在しない。まあ定時という概念も存在するかどうかだが。何せ自由に生活することができるのだから。

 とはいえ常に家族みんなで食卓を囲んで、誰一人も欠かすことなく食事をするというのは、現代ではかなり難しくなっていることだ。働き方や生活サイクルの多様化がかなり進んだ現代では、家族同士でさえもチャット等のやり取りしかしないなんていうことも普通にあるのだ。

 この時代では、家族間のつながりはすごく強固なものになっている。家族の連携が死活問題に直結するからだ。いつの時代も、人は一人では生きられない。現代と比較したときに、本当に胸を張って幸せだと言えるのだろうか。

 もちろん便利な世の中で、楽しく生活はできるだろう。しかしそれだけが全てではないのだ。心の豊かさというものさしで見たときに、どれだけの人が自分が幸せであると言えるのだろうか。もちろんネットなどでのつながりが悪いというつもりはない。しかし、直接的な心のつながりに勝るものはないのではないだろうかと私は考えている。



 しばらくの日数が流れた。今日は一段と気温が低く、みんな家の中にこもっているようだ。子どもたちでさえ、外で遊んでいる子は一人もいない。どの家庭もしっかりと食料を蓄えることができたようだ。ひとまずはみんなで冬を越せるだろう。もうすぐ雪の降り出す日が出てくるだろう。毎日降るという訳ではないだろうが、溶ける前にまた降ってということを繰り返して、どんどん高くなって積もっていくのだろう。

 みんな家の中で火を焚いて、その周りに座って暖をとっている。真冬の夜間には氷点下まで気温が下がってしまうこともある地域だ。しっかりとした防寒対策をしなければ、凍え死んでしまう危険があるのだ。

 お昼を過ぎた頃くらいから、さらに気温が下がってきた。気がつけば、空には灰色の雲が広がってきている。これだけ気温が低ければ、雨ではなく雪が降ってもおかしくない。さらに観察を続けた。

 夕方ごろ、日も沈むだろうという時間帯になった。空気中を何かが舞っていることに気がついた。何かの塵だろうかと思いながら見ていると、白いものがさらにいっぱい降ってきた。それはまさしく雪の結晶だった。ついに雪のシーズンに突入したのだ。



 住民たちはみんな家の中にいて気づいていないだろう。そこそこの強さで降っていて、地面がだんだんと白くなっていった。すると、一人の子どもが外に出てきた。そして雪が降り始めたことに気がついて、家の中にいる親を呼んだ。

 親も外に出てきて雪が降っているのを確認した後に、村中にそれを伝えて回った。その間に体も冷えてしまったのだろう。すぐに家の中に戻って、暖をとっていた。雪はより一層強くなって、深々と降り続いている。

 この時間になると、どの家でも夕食を作っている。飲料水は家の中に井戸があるので、雪でもへっちゃらだ。こんな寒い日には温かいものを食べたいと思うのだが、この時代ではどうなのだろうか。

 実際に運ばれてきた食事を見てみると、汁物もあるようだ。といっても、塩味のあっさりしたスープだ。具材は麦や野菜だ。それでも、この寒さでは身に染みて美味しいことだろう。事実、みんな幸せそうな顔をしている。

 おかずはお肉を焼いたものだ。味付けはやはりシンプルは塩味だ。それでも美味しいことに変わりはない。お肉を食べて、しっかりと栄養を蓄えたうえで、冬を乗り切ろうというわけだ。体力を維持することが何よりも大切だ。家の中で籠ると運動不足にもなるだろう。

 それについては、どうやら家族みんなで体を動かすらしい。夕食後にしばらく体を休めてから、運動の時間になった。我々は筋トレなど、いろいろ知っているがこの時代ではどうだろうか。様子を観察していると、何か決まった形がある訳ではないようだが、我々の知っている筋トレなどの運動に近い動きをしていることもあるようだ。

 どのように体を動かせばいいのか、それをしっかりと理解した上でやっているのだろう。おそらく見よう見まねで試行錯誤していった結果、今の形に行き着いたのだろうと思われる。現代とは違って科学的理論など一切無い中で、ここまでのクオリティーに達しているのは素晴らしいことだ。



 その日の夜、やはり気温は氷点下まで下がっている。住民たちは藁などを使って、少しでも保温しようとしている。寝ている間は体の代謝も抑えられる分、体温も少なからず下がるものだ。しっかりと対策をしなければ、低体温症に陥ってしまうだろう。

 自然の中で手に入る、保温効果のあるものをたくさん収集している。それを見てみると、さまざまな種類があるようだ。先に述べた藁だけではなく、他にも綿や厚みのある大きな葉っぱなど、知恵を絞って工夫しているのだ。

 みんなこの環境の中で、必死に工夫して生き残ろうとしているのだ。その必死さは、現代人も負けないのだろうか?楽に生きられる現代では、まったりと過ごせる反面、必死に生き抜こうとする強さは、失われてはいないだろうか。



 その点について、現代に持ち帰り、しっかりと検討していく必要があるのかもしれないと強く感じた。今も雪は降り続いている。太陽が出ていない夜中に降れば、降った分だけ積もることになる。住民が寝静まっているのを確認してから、シップにある機能の一つ、アームものさしを展開した。そして雪の深さを測ってみると、すでに1.5mを超えていた。

 このままのペースで降り続けるとすれば、朝には3mを超えていることになるだろう。それくらいの強さで降っているということだ。住居の入り口は頑丈な岩を運んできて塞いである。建物自体も頑丈とはいえないが、斜めの屋根になっていて、しっかりと地面落ちている。あくまでも自重で落ちる仕組みなので、多少は屋根の上に積もっているけれども。

 建物の周囲には、その落ちた雪が集まっている。その状態がずっと続けば、建物が水分でやられて腐ってしまうだろう。その対策としてはすでに岩の壁を作っている。しかも、斜面ができるように加工されたものだ。

 この時代にはすでに岩を加工できるだけの技術がある。それでもこのように岩の壁を作るというのは記録に残っていなかった。これは大発見と言えるだろう。岩と建物の隙間に雪が落ちないように、壁の上部を少し建物に食い込ませてある。それによって、雪は岩の外側を滑って落ちていく。よく考えられた仕組みだなと感心していた。



 無事に朝を迎えた。明るくなり始める時間には、もう雪は止んでいた。住民が起きる前に再び雪の深さを測ってみた。すると、やはり予想通りに3mを超えていた。これだけ積もってしまうと、家の前に置いた岩を動かして外に出ることは不可能だろう。無理矢理に動かしたとしても、雪がなだれのように家の中に流れ込んできて、巻き込まれてしまうだけだろう。

 このシップでは赤外線透過映像を、観る事ができる。それによって家の中の様子を観察する事ができるのだ。実を言うと、これまでもずっとその方法で調査していたのだ。赤外線ではあるが、人の動きをしっかりと観察する事ができる。また、サーモグラフィーの機能もついている。画面に写っている部分の温度を知る事ができるのだ。

 家の中では朝食を作っているようだ。サーモグラフィーで見ると、火の部分が白色になっている。しっかりと機能しているようだ。住民を見てみると、だいたい35度くらいだろうか。現代人よりはやや体温が低めだ。家の中は火を焚いていることもあって、27度くらいだ。これ以上暑くなると、かえって辛くなるだろう。それに外の雪が内側から溶けて、建物に染みる可能性もある。



 この時代の建物は窓などない。通常であればずっと火を焚いていても、出入り口から新しい空気が入ってくる。そのため酸欠などの心配はない。しかし、今は雪対策のために大きな岩で塞いでいる。ほんの隙間でも延々と雪が入ってきてしまう。そのため、一切の隙間がないように岩が置かれている。

 しばらく様子を観察していたが、一向に酸欠になる気配がない。火も燃え盛っている。そうなれば、酸素の供給経路がどこかにあるということだ。どこから酸素が入ってきているのだろうか。

 その答えはすぐにわかった。建物の上部3ヶ所にパイプのようなものが通っているのだ。外から見るに、その材質は竹だろう。あまり太すぎない程度の竹をちょうどいい長さに切って、節を全てくり抜いて作ったようだ。それに雪が詰まってしまわないよう、定期的に棒で突いている姿が見えたのだ。



 すごく工夫されていることがわかった。報告書もだいぶ進んでいる。非常に多くのことを知り、十分な成果を得る事ができた。これで関東州の調査を終える事ができるだろう。

 次の調査は最後の地域、京中州きょうちゅうしゅうだ。これは21世紀には近畿地方と中部地方と呼ばれていた地域である。現代では首都が京都と東京、名古屋に明文化されており、行政上の首都は京都である。そして東京が司法上の首都、名古屋が立法上の首都である。

 そして中央省庁についてはリスク分散の観点から、先に述べた3ヶ所に点在している。もちろん、行政上の首都である京都に皇帝陛下がいらっしゃるし、総督府もその隣にある。権力をしっかりと分けることで、安定した政権運営をしようと考えているのだ。

 ひとまずは関東州の調査を終えて、京中州へと向かった。みんな調査を頑張ってくれていて、疲労も溜まっている事だろう。そう考えて、今回の移動はゆっくり進むことにした。2日かけて移動すればいいということを、操縦士と機関士に伝えた。そしてチームのみんなにも、到着まではゆっくり休んで息抜きをするように伝えた。

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