第10話 蝦夷の平定

 朝廷と蝦夷の争いでは少なくない犠牲者が出ているようだ。どちらも一歩も譲らない戦いになっている。すると、急に戦闘が停止した。いったい、何があったのだろうか。そのまま観察を続けた。

 すると、朝廷側の高官と思われる人が蝦夷側の陣地へ向かっているのが見えた。蝦夷側の兵士が武器を構えたが、シャクシャインが陣から出てきたので武器を下ろした。もしかすると何かしらの交渉が始まるかもしれない。

 私たちはシップをステルス状態にしたまま、気づかれないように会談の場へ近づいた。当時の言葉は機械で自動的に翻訳してくれる。じっくり話を聞いていると、どうやら停戦交渉のようだ。



 朝廷側としては支配下に置くものの、他地域同様に納税等の義務を果たすのであれば、自治については任せるとの主張だった。一方の蝦夷側はというと、今まで通りの生活ができるのであればということだった。大筋で合意できるように見えたのだが、朝廷側が納税等の義務を果たす以上は今まで通りの経済力ではいかないかもしれないというと、蝦夷側が黙り込んでしまった。

 納税という概念を丁寧に説明したところ、筋は通っているという認識だった。だが、住民たちの意見を広く聞きたいということで、一週間の猶予が与えられた。その間は一切の戦闘を停止することが確認された。



 朝廷としては少しでも納税を増やしたい思惑があるのだろう。とはいっても無理やり支配下に置くことが望ましくないのは理解しているようだ。できる限り話し合いで解決しようとしている。

 休戦期間中は本当に一切の衝突がなかった。当然といえばそうなのだが、信用を無くせば和平の道は閉ざされてしまう。それは蝦夷側とて好ましくないのだろう。

 蝦夷側の様子を少し観察してみることにした。すると立場ある人たちが集まって、何度も議論を繰り返しているようだった。さまざまな意見、考え方が出ていて難航しているのだろう。短期利益と長期利益、どちらを取るかも議論の要素になることだと思う。



 停戦期間である一週間が過ぎた。再び会談の場が設けられた。朝廷側の要求は変わらずだ。蝦夷側がどんな結論を出したのかにかかっている。全員が席について、いよいよ会談が始まった。

 誰も口を開かず、沈黙がしばらく続いた。朝廷側の高官がやっとその口を開いた。蝦夷側が要求を呑むのか否かというシンプルなものだった。私たちはヒヤヒヤしながら様子を見ていた。蝦夷の長がそれに対して答えた。

 結論から言えば、和平は成立した。蝦夷が朝廷の支配下となり、倭国の民として暮らしていくことになった。当初の予定通り、蝦夷側に自治を一任することが定められた。人々の往来は相互で自由にできて、交流もできることが確認された。もちろん結婚等には一切の制限がないことになった。

 自治の方式については倭国の他地域同様に、いくつかの国に分けてその下に群を置く形になった。そして蝦夷側が慣れるまでの期間は朝廷から役人が派遣されることになった。しかしあくまでもアドバイザー的な立場であり、権力を振るうことは認められないということだった。



 無事に和平が成立し、これで北東州までが倭国の領土となった。今度は南西州の調査に向かうことに決まった。南西州とは、21世紀ごろには九州・沖縄と呼ばれていた地域である。

 南西州北部あたりには太宰府があり、この時代には防人と呼ばれる兵士が京から派遣されていた。防人たちは日々訓練をして防衛の任を果たしているようだ。全員が単身赴任で、家族と離れて暮らしている。任期は2年で、その間に京へ帰ることはできない。当時の交通網では往復で2週間以上かかるので現実的ではないのだ。そのため精神的にもかなり過酷な任務なのだろう。

 この時代にはまだ天満宮は造られていない。この地域で最も有名な神社といえば宇佐八幡だろう。伊勢まで行けない人がほとんどであるので、九州の人々は八幡宮へ行くのが普通のようだ。



 次は阿蘇山の様子を見にいくことにした。阿蘇山は常に噴火を繰り返してきた。直近の噴火はこの時代から90年ほど遡った時だと記録が残っている。90年間は噴火していないということであり、規模がどうであれいつ噴火してもおかしくないだろう。注意して観察しなければならない。

 火口からは煙が上がっている。真っ赤に燃えたぎるマグマが見えている。加工付近の温度はかなり高く、マグマ付近は500℃以上になっているだろう。間違いなく落ちたらひとたまりもないだろう。

 火山性地震を観測できる機械を設置した。すると常に小さな揺れが起こっているようだ。頻度は一日に1回だが、地震が噴火の引き金になることは現代まで何度もあった。油断すべきではないだろう。



 地震観測計のデータを常時シップで受信できるように設定してから、他のエリアに移動した。九州西側に広がる無数の島々は今でこそ有人島が多いが、この当時はどうだったのだろうか。島によっては本土からものすごく離れているところもあるだろう。実際に見てみることが一番だ。

 南側から調査して、随時北上していく計画だ。もし有人島があれば生活様式を観察するし、無人島でも植生や生物の調査を行う。探索は順調に進み、北上していった。

 調査の結果は、本土に近い島では人が住んでいた。島の住人はどこでも完全な自給自足の生活だった。他の島との交流はないようだ。役人はそれぞれの島に1人ずつ派遣されている。

 無人島では植物が生い茂っていて、鳥や小動物などが棲みついているようだ。そういった島には人間が立ち入らないようにしているみたいだ。この時代では環境との共存ができている。技術の発展こそ乏しいが、環境に優しい社会であることは間違いないだろう。

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