王子様を落とすための三年計画(十年目)

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王子様を落とすための三年計画(十年目)




小学生の頃からずっと仲のよかった友達がいた。


けれど中学に入って違う友人グループと遊ぶようになってから、その関係は徐々に疎遠になっていった。


いくら親友と言っても人間関係なんてそんなもので、環境によって簡単に途切れてしまう。


その代わり――というわけでもないが、中学に入って出来た友達もいる。


七海ななみはそのうちの一人だった。


彼女はとても人懐こい女の子で、とにかくスキンシップが多いタイプだった。


二人で遊びにいくと必ず手を繋いでくる。


もっとも、他の友人に言わせると七海がそういうことをするのは私だけらしく、特別人懐こい印象も無いらしいのだが。


どうやら七海は、私のことを特別親しい友人だと思ってくれていたらしい。


とはいえ、そんな関係が永遠に続くはずもない。


なぜなら、私と七海はそれぞれ違う高校に進学することになったからだ。


きっと七海は向こうで新しい友達を作る。


きっと私にも新しい友達ができる。


そのうち少しずつ疎遠になって、何年後かに成人式で再会したりして――そんな未来も、まあ悪くはない。




◇◇◇




中学の卒業式のあと、私は七海を含む友達と一緒に遊びに行った。


きっとこれが最後になる友人もいるだろう。


そう思い、少し涙腺が緩んだ。


春休みに入ってからは、ほぼ毎日七海と遊んだ。


もうすぐ互いに違う高校に通うことになるのだ、きっと一緒に過ごす時間を惜しんでいるに違いない。


入学式の日の夜も話をした。


新しい環境に飛び込んだばかりだ、不安になるのも仕方がない。


授業が始まってからも、夜は毎日のように彼女と話して、週末は遊びにでかけた。


遊びにいくメンバーは毎回変わったけど、必ず七海はそこにいた。


もっとも、それも今だけ。


じきに向こうの高校で素敵な友達を作って、二日に一回、一週間に一回、そして一ヶ月に一回と減っていくのだろう。


実際、他の友人たちは少なからずそういう運命をたどった。


けど他の面々と疎遠になってからも、七海と私の関係は途切れなかった。




◇◇◇




そうして迎えた高校二年。


学年が変わっても相変わらず私とばかり遊ぶ七海に、試しに尋ねたことがある。




「同じ学校の友達と遊ばないの?」




すると彼女は、絡める腕をぎゅっと抱き寄せ、人懐こい可愛らしい笑顔で答えた。




かえでちゃんが一番の友達だもん。迷惑だった?」




出た、得意の目を潤ませてからの上目遣いだ。


せっかくかわいいんだから、私じゃなくて気になる相手にでも向ければいいのに。


そう思い、私は苦笑いしながら「ぜんぜん」と相づちをうつ。


私自身はまったく迷惑だなんて思っていない。


むしろ中学からの関係が続いているのは好ましいとまで思っている。


しかし心配なのだ。


実は向こうの学校でうまくいっていないのではないか、とか。


その気になれば、七海と同じ学校に通う共通の友人に話を聞けるのだけれど、そこまで行くと過保護すぎるかな、なんて思ってしまう。




「こうして毎週デートしたいと思う友達なんてそうそういないもんっ」


「最近は平日までうちに泊まるようになってる」


「ママさんのご飯おいしいからねえ。あ、それこそ迷惑がってない?」


「んーん、むしろ娘が増えたみたいって喜んでるよ」


「そっかぁ、なら本気で第二の娘のポジションを狙ってみようかな」


「どうやるのよ」


「七海と結婚する」


「ふふっ、楽しい結婚生活になりそうね」




普段は“冷めてる”とよく言われる私だけど、七海と一緒にいるときは自分でも饒舌になっているのがわかる。


それだけ楽しいと感じているのだろう。


ひょっとすると、過保護になってしまうのは七海を心配しているからではなく、“七海に私より親しい友達ができてほしくない”と思っているからかもしれない。


……いや、それは友人としてちょっと重すぎるか。




◇◇◇




別の休日、私と七海がデートしていると、偶然にも彼女の友人と出くわした。


いかにもコミュニケーション能力に優れていそうな、明るい女の子だった。


彼女は知らない人間が隣にいるにも関わらず、平気で駆け寄り声をかけてくる。




「あ、ななちんじゃーん! なになに、デート中?」


「そ、私の彼氏」




勝手に彼氏にされる私。


少し恥ずかしくて頬が熱くなる。


すると七海の友人は、品定めするように顎に手を当て私を見てきた。




「ふふーん、このコがウワサの……」


「噂になってるんですか」


「なってるっていうか、七海がいっつも話してるの。私たちは毎日のようにのろけ話を聞かされて大変なんだから」


「えへへ……」




今度は七海が頬を赤らめ照れている。


いや待て、むしろこれは私が恥ずかしいパターンじゃないか。


まさか堂々と私のことを学校で話していたとは。


しかものろけ話だなんて――相当盛られて・・・・いるに違いない。




「確かにかっこいい、かも。でも情熱的に七海を口説くようには見えないケドなぁ」


「七海、あんたそんなこと言ってたの?」


「私には口説いてるように聞こえてたのっ」




やはり盛っていたか。


その後、七海の友人は「お幸せにー!」と言い残して慌ただしく去っていった。


この出来事でわかったことがある。


どうも七海は、私が思っている以上に私のことを好きらしい、ということだ。


この頃には、私も“どんなことがあっても、私たちに自然消滅なんて無いのかも”と思い始めていた。




◇◇◇




高校三年。


受験勉強が本格化すると、さすがに遊ぶ頻度は落ちた。


けれどその代わりに、一緒に勉強することが増えたので、むしろ前より二人で過ごす時間は増えた気がする。


泊まることもさらに・・・増えた。


何なら週5ぐらいで泊まったこともある。


もう住んでいると言ったほうがいい。


そして私たちが受けるのは、学科は違えど同じ大学。


もし合格したら――あれ・・、するんだろうなぁ。


なんてことを、薄っすらと考えていた。




◇◇◇




その後、私たちは無事に大学に受かった。


キャンパスまで合格発表番号を見に行ったわけだけど、自分たちの番号を見つけたあと、七海と私は抱きつきながらはしゃいだ。


その流れで七海はさらっと言う。




「これで一緒に暮らせるねっ!」




“心が通じ合っている”といえば聞こえはいい。


けれど言ってしまえば身勝手で、せめて私に了解ぐらい取ってくれと思うのだけれど――まあ、断らないことも見透かされているんだろう。




「いい部屋を探さないとね」




だから私も、特に突っ込みは入れずにそう答えた。


家に帰ってから親にそのことを話したけれど、一切反対はされなかった。


両親にすら見透かされていたらしい。




◇◇◇




そうして同棲――もといルームシェアがはじまった。


部屋に置かれたベッドはダブルが一個。


以前から、七海が泊まるときは一緒に寝ていたから違和感は無いのだけれど、いつぞや中学時代の友人が遊びに来た時、




「恋人が同棲してるみたいね」




と指摘された。


言われてみれば、友人同士のルームシェアにしてはプライベート空間がなさすぎる。


そこに違和感を覚えないほど“慣れている”私は、どうやらかなり七海に毒されているらしい。


とはいえ彼女と暮らす以上、デトックスなどされるはずもなく、むしろ毒沼にずぶずぶと沈むばかり。


例をあげると、まずお風呂は一緒に入るのが当たり前になっている。




「思ってたんだけど……実家ならともかく、この湯船で一緒に入るの狭くない?」


「密着できて好きだけど、楓は嫌?」


「七海が気にならないならいいけど」


「ならこのままでいい。楓に抱きしめられるのが好きなの」




あと、おやすみのキスもベッドに入ったあと欠かさず毎日やっている。




「んーっ……ふふ、楓も恥ずかしがらなくなったね。最初は顔を真っ赤にしてたのに」


「最初って何だったっけ……ああ、そっか。七海がおふざけでやろうって言ったんじゃん」


「楓のファーストキスを奪っちゃった」


「まだちゃんとしたファーストキスを済ませてないのに、七海とは何百回もしてる気がするわ」


「そろそろ観念して私のをファースト認定したらぁ?」


「まあ、別にそれでもいいけど。あんたと一緒にいる限り、彼氏なんてできそうもないし」


「うん、私も作んなーい」


「もったいわねえ、モテるのに」


「男なんかより楓と一緒にいるほうが楽しいもん」


「そうね、私も七海といるのが一番楽しいわ」




そして週末は必ずデート。


言われてみれば、私たちがやっていることは友人というよりは恋人のそれに近い。


けれど私たちは友達で、楓も告白してくるとか、そんな素振りを見せたことはない。


さすがに“自然消滅”という不安は消えたけど、最近は別の不安が存在感を増している。


それは――


いや、考えるのはやめておこう。


さすがに重すぎる。


ひょっとすると、七海だって私と同じことで悩んでいるのかもしれないし。


お互いに悩んでいるのなら、それでいい。


中学の頃から変わらない関係が、このまま永遠に続くのなら。


……。


……そういえば、中学の頃ってここまで親しかったっけ。


手を繋ぐことはあったけど、そんなの女友達の間だと珍しくない話。


だけど毎日のようにお泊りしたり、一緒にお風呂に入ったり、ルームシェアしたり、キスしたり――“変わってない”なんて言うけど、本当は進んでいるのかもしれない。


少しずつ、少しずつ、あまりに控えめな速度だから、私も気づかないぐらいに。


なら、今が終着点?


それとも、まだ先が――




◇◇◇




大学四年。


お互いに内定を得て、卒研はさておき一安心していた頃――私たちは部屋のソファに並んで座り、テレビを眺めていた。


食後のなんてことない時間だ。


テーブルの上にはおそろいのマグカップ。


隣には、ぐでっと私に寄りかかる七海。


私は彼女の腰に腕を回し、軽く抱き寄せる。


それがお決まりの体制だった。




「楓ぇ」




七海が甘えるように私の名前を読んだ。


 「何?」と微笑みながら返事をすると、彼女は潤んだ瞳で上目遣いに私を見つめる。


無言で、ただただ何かを欲するように。


私の胸はきゅっと締め付けられ、同時に何を求められているのか理解した。


首を傾け、唇を重ねる。


柔らかな感覚。


唇の隙間から漏れる吐息は、感情の高ぶりからか少し熱い。


触れ合う体ごしに、とくんとくんと速歩きの心音を感じた気がした。


顔を離す。


七海は幸せそうに「ふへへ」とふにゃっとした笑みを浮かべる。


ただキスをするだけでそこまで満足してくれるのなら、私は何度だってできる気がした。




「あのさ、大事な話があるんだけどね」




再びくてっと私の腕に寄りかかると、彼女は口を開いた。


ここから見える横顔は、柄になく緊張しているように見えた。


すると七海は、体を起こしてテーブルに手をのばす。


そしてリモコンの下に置かれたクリアファイルを手に取ると、中からパンフレットを取り出した。


私は書かれた文字を読み上げる。




「グレイスホテル?」


「あの……結婚式場のパンフレット、なんだけどさ」




私はきょとんと首を傾げた。


結婚式場? どうして七海が?


この頃になると、七海に彼氏がいるという不安すら抱かなくなっていた。


なぜなら、彼女はフリーになった時間のほとんどを私と共に過ごすことに費やしてきたからだ。


つまりこのパンフレットは、彼女と彼氏ではなく――




「私と七海が式をあげる、の?」




そういうことになる。


七海は軽くうつむくと、「う、うん……」と不安げに相槌を打った。




「そっか、式かぁ……」


「だ、だってさ、楓、就職先を決めるとき、私の志望と近い場所で探してくれたよね」


「そうだね」


「それって、大学を卒業してからも、私と一緒に暮らすことを考えてくれてるってことでしょ?」




――言われてみれば。


特に意識をしたわけではないけれど、当たり前のように私は七海と一緒に暮らすことを前提に動いていた。


というより、今さら別々に暮らすことは考えられなかった。




「だったら! その……い、行けるかなぁ、って」


「結婚式?」


「……うん」




自信なさげにしぼんでいく七海。かわいい。


だけどこの話には大きな問題点がある。




「でも私たち、別に恋人ではないよね」




だからといって告白してほしい、と思っているわけではないのだが。


しかし、いかんせん手順をすっ飛ばしすぎではないだろうか。




「私たちの関係って、明文化してないだけど……恋人みたいなものじゃない?」


「それは前から薄々思ってはいたけど」


「……思ってたんだ」


「うん。キスはするし、気軽に好き好き言い合うし、お風呂で際どいことするし、何より――誰よりも離れたくないって思ってる。七海もそうじゃない?」


「ちゃんと考えてたんだ……」


「何?」


「う、ううんっ、なんでもない! じゃあさ、もう恋人みたいなことは一通りやっちゃってるんだし、次は結婚しちゃったほうが……よくない?」




確かにナイスアイデア。


ただ、私にはまだ気になる点が何箇所かある。




「わかった、結婚しよう」


「いいのっ!?」


「でも確認させて。さっき七海、パンフレット出したときに『行けるかなぁ』って言ったよね」


「たぶん」


「それって、“行ける”とか“行けない”って普段から計ってたの?」


「えっ……」




気まずそうに黙り込む七海。


しまった、そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。


私はあくまで、単純な疑問を抱いただけなのだ。




「えっと……うん、距離感は計算してた」


「いつ頃から?」


「中学入ったときから」




衝撃の事実だった。


要するに七海は、最初からそのつもりで私に……?




「かれこれ9年近く、その、私を口説こうとしていたと?」


「10年だよ。最初に楓を見たの、小学生のときだから」


「会ったことあるっけ?」


「私が一方的に見てたの。すっごく素敵な女の子だなぁ、ああいう人と恋愛したいなぁ、って。そしたら中学で同じクラスになれて、うまいこと友達にもなれたから、これはもう運命だなと思って!」


「あの頃からそうだったんだぁ……」


「そう、そういう感じ!」


「何が?」


「最初の頃は、いきなり友達になれたから、この調子でいけば三年もあれば落とせるでしょ……って思ってたんだけど、そこからが全然進めなくて。楓ってば過剰にスキンシップしてもぜんぜん反応してくれないし、脈がないな、無理かなって絶望してたんだからね!? 中学卒業したときなんて特に!」


「それであんな毎日のように遊んでたの?」


「そう!」




鼻息荒く、当時の苦労を語る七海。


今まで知らなかった彼女の一面を目の当たりにして、私は――




「ぷふっ」




思わず噴き出し笑ってしまった。




「う……ご、ごめん、取り乱して」




そして私は彼女の頬に手を当て、語りかける。




「違う違う。こんなにかわいい子から熱烈に口説かれてたのに、気づかない自分にバカさ加減に呆れてたの」


「あ、楓……」




私は流れるようにキスをした。


我ながらカッコつけた言い回しだと思う。


案外、今までも無意識に似たようなことをしていたのかもしれない。




「10年も私を好きでいてくれてありがとう」


「んふふ……どういたしましてっ」


「これからの私の人生すべてを賭けて、七海に“好き”のお返しをしないとね」




そう言って、私は七海を抱きしめ、ゆっくりとソファの上に押し倒す。


彼女はあらがわずに私に組み敷かれ、惚けたような表情で私を見上げた。




「夢みたい」




七海は、文字通り夢心地で言った。


自分に愛されてそんな気分になってくれる人がこの世にいることを、私は誇らしく思う。


そして私たちは夢より幸せな現実に浸る。


明日も。十年後も。たぶん、ずっと先まで。



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