第2話

 一方父伯爵オーギュストも当時は官憲の側で似た様なことをしていた。

 まだ当時は次期伯爵とはいえ、格別な地位も無かった彼は、秩序を守る官憲の方で役職をもらい、市民の日々の安全を守るべく奔走していたのだ。

 そして二人は夜な夜な「法では裁けぬ悪党」「法では残酷な目にあう善人」を巡って文字通り火花を散らしたものである。

 ちなみに夫人は「夜の白百合」という二つ名を持ち、伯爵は「鬼捜査官」だった。


 なお言っておくが、それは当時は彼女だけではなかった。


 いつの時代にも流行廃りというものはあるものだ。

 今現在が「婚約破棄」という茶番とするならば、彼等の若い頃に流行ったのは、あろうことに、「二つ名同士の運命の愛」だったのだ。

 だがその背景には、政情不安な時期ということもあった。

 そんな時代では、貴族の女子とは言え、も剣の稽古や男乗りの乗馬をすることを推奨されていた。

 そう、それは夜会でダンスをすることよりも。

 夜会もダンスも、誰かが自分を確実に守ってくれるという安心感が無いとできないものである。

 彼等の若い頃は、それどころではなかつたのだ。

 宮殿も市街も何かと騒動が起こり、時には軍隊まで出動するという。

 一方で近隣諸国との国境では何かと緊張感が漂い、常に正規兵が必要なことが多かった。

 かくいうフィナンシェ夫人コレットも、「すみれの星」という名で、「白百合」と一緒に行動することもあった。

 なおその頃、フィナンシェ伯爵エドアールは、宮中警護にあたっていたため、彼もまたこの義賊と相対することが多々あった。

 「白百合」は「鬼隊長」と本気で細剣同士で火花を散らし、不当に拘束される子女を逃がし、「すみれ」は宮殿に忍び込んで碌でもないスケベ親父貴族に暴行されそうな子女をやはり助けたりした。


 しかし重ねて言うのだが、これは当時の「流行」だったのだ。


 「白百合」や「すみれ」だけでなく、「~の星」だの「赤い**」だの「***の風」だのという名で仮面を付けて身軽な格好をして馬を走らせ剣を交わす。

 そして、ある時唐突に、その相手が婚約者と知らされて「まあ何って偶然!」「運命だわっ」ということで何となく上手く行く。

 そして一方で様々な当時の荒っぽい細々とした不正が何となく正されただの、巨悪を掘り起こしたり。

 とまあ、本気の法整備ときっちりした武装集団の規律が作られていなかった時代としては、なかなかに彼等彼女等の行動は「流行」であったとはいえ、役に立つこともそれなりにあったのだ。


「だがしかし! 今の茶番はなっちゃおらん!」


 どん、とオーギュストはテーブルを叩く。

 途端、彼等の前にあったカップが器用に一気に浮き、また着地する。

 何事もなかった様に着地したカップを取り、茶をすするコレットもまた、大きくうなづく。


「そうですわよ。あの頃の流行は、それなりに意義がありましたわ。でも何ですか今どきのあれは」

「確か最近ではあれでしたわね。大公家の第三公子がいきなりよりによって行きつけの街の定食屋の下働きの子を連れてきてそれを言い出したからもう大変。さすがにそれは無理があることは当人達も判っていたので、すぐに冗談だ、ということになりましたけど……」


 デジレは夫に確認する。

 ああ、とオーギュストはうなづく。


「いや別にな、茶番もいいよ茶番も。惚れたはれたは若者の特権だし? けど本気は駄目! そんなこと大概判ってると思うんだけどなあ!」

「怖いのは、侯爵家辺りが家格の合う婚約者の断罪劇を繰り広げて、男爵子爵の庶子辺りと何やら運命の恋だ何だという場合なんだよな……」


 エドアールも頭を抱える。

 フィナンシェ伯爵家の縁者で、それをやらかした馬鹿が居たのだ。


「私達はあの頃、とりなしてくれる者が居るなんて思わずに行動するだけの気合いがありましたわ」


 デジレは拳を固める。

 未だに力を残すその手は、弱々しい扇をぱきっという音と共に破壊してしまう。


「そうそう、仮面をはがされたらどうしよう、という緊張感がありましたわねえ」


 要するに茶番は茶番でもちゃんと気合いと命をかけてみろ、とこの親世代は言いたいのである。

 そしてそんな会話をしているところに。

 ぱたぱたぱた、と廊下を駆けてくる足音が。


「大変です旦那様奥様皆様、例の茶番をお嬢様達が!」


 よし、とかつての本気マジ者達は、その場で手と手を取り合った。

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