熱
不可逆性FIG
12/100 = 3/9
ただし1年間限定だ、12月が終われば生徒と先生に戻ろう……ミハル。そう諭すように零して先生は私の告白を受け入れてくれた。
そして季節は巡り、もうすぐ12月も終わる。
──終わるはずだった。今年も、私の恋も、泡沫の幻のように終わるはずだったのに。
*****
『はい。本日は12月100日、午前は曇り、午後から晴れの予報です』
朝、目が醒めて、まずスマホに日付を問いかける。それが私の最近の日課。結論から言えば、現在進行系で12月は終わらないままだった。本来なら今日は3月9日のはずなのに、世の中はメモリアルデイとかいってヤケクソ気味に盛り上がっていたりする。けれども、私はいつものように「先生、おはよ!」とメッセージを送って、既読になる数分間だけ静かに彼のことだけを想うのだった。
今日は日曜日、彼と家デートの日なのである。
去年の中旬、全てのニュースがひとつの色に染まったことがある。総理大臣の緊急発表で語られたこと、それは特例措置で12月を無期限延長するという内容だった。お薬でラリったとしか思えないクレイジーな発表だけど、もちろんそれには理由があって、なんでも今まで常識だった十二支という概念が実は十三支だったという内容が、昔の偉い人が書いためちゃくちゃ重要な文献から解読されたらしい。
ええと確か、ねーうしとらうーたつみー……くらいしか分からないから、正直私としてはどうでもいいニュースなんだけど、世間では2000年問題の再来だとか結構な話題になってて、我が国でも十三支を採用するのか論争とか、日付プログラムの膨大な訂正に生じる費用の捻出だとか、そりゃもう色々と。
まあ、そんなこんなで決まらないことが多すぎて延長になったみたい。──だから、私は今も先生を独占できているのだ。世間から恨まれている13番目の動物だけど、少なくとも私だけは感謝していることを知ってほしい。
「ねえ、先生。期末試験の採点は終わった?」
「ああ、終わった。でも、順位は集計中だし、まだ守秘義務があるからダメ」
「ケチ。まだ何も言ってないのに。じゃあ、代わりに頑張ったねって頭なでなでして」
「はいはい、頑張ったね。よしよし」
「えへへ」
彼の大きな手が私の髪を柔らかく撫でる度に好きがどうしようもなく溢れてきてしまう。彼の部屋で、彼のマグカップで、彼と同じコーヒーを飲む。そんなことが何よりも幸せだった。
恋は衝動だ。
そこに理由なんてない。
理由があるとすれば、それは後付けの自己暗示みたいなものだ。
私だって間違った人を好きになったことくらい分かっている。女子高生が33歳の英語教師を本気で好きだなんて、冗談にしたって趣味が悪い。イケメンじゃないし、気が利かないし、しかもバツイチ。でも声が低くて、少し背が高いのは好き。
あの日、定期券と財布をアイツらに隠されて帰れなくなった日。偶然通りかかった先生が事情を知って家付近まで車で送ってくれたのだ。そして後日、どこからかしっかりと取り返して、何も言わず何も訊かずに私に渡してくれた優しい眼差しに恋をしてしまったのだ。
「来週、抹茶いちごラテっていうの期間限定で飲めるんだって! 美味しそうだなー、行きたいなー」
「ミハルの友達も同じこと思ってそうだな、すぐに誘えるんじゃないのか?」
「わかってないなー。先生とがいいの! 来週、連れてってね。約束ね!」
限りある時間はなるべく先生と共有したい。私が私というブランドであるうちに、両手には抱えきれないほどの思い出をふたりで作りたい。神様がくれたロスタイムを本当は1秒だって無駄にしたくないのだ。
……だって、きっと先生は女子高生が好きなのであって、中身のミハルという部分はおまけで好きを恵んで貰えてるんだと思うから。直接それを訊いたわけではないけれど、JKのブランド価値って所詮そういうもの。
でも、それでもいいの。この恋は決して美しいものじゃない。使えるものなら、全部使ってでも先生を独占していたいのだ。汚くても醜くても彼を慕うこの感情こそが私の知る「本物」なのだから。
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