第3話「出会えて嬉しく思った」

「私が呪い殺してやったのよ」

 女性の遺体が立ち上がって喋った。


 もしやゾンビという奴か?

 顔つきは憎しみに満ち溢れているようだが話は通じそうだな。よし。

「呪い殺したとはどういう事ですか?」

「ふふ、それはねえ」




 彼と結ばれるのは私のはずだったのに……あの女が横から奪っていった。

 もう悔しくて悲しくて、近所に居た魔導師を脅して禁呪法を聞き出して呪ってやったわ。

 何年もかけて、自分の命と引き換えに……でもそれじゃ私も結ばれないと気づいてしまったと思った時だったわ、あの妖魔という奴が現れたのは。

 あいつにリッチにしてもらった後、方方で力を蓄えてここに来たのよ。

 そしてね……。


「宿に泊まった人達の精気を吸い取れば生き返れる、とでも吹き込まれたのだな」

「そうよ。あと一人というところで……そうすれば私が」


「そんな法螺話を信じるくらい心までも腐ってしまったのだな。それで生き返るはずないだろうが」


「え、そ、そんな!? ……いや、騙そうとしているのね!」

 女性がこちらを睨みつける。

「あなたはもう妖魔と化している。せめてこれ以上罪を重ねぬよう、介錯して差し上げますよ」

 私が刀を構えた時だった。


「ま、待ってください! 彼女を殺さないでください!」

 ご主人が間に入って言われた。


「いえ、殺すなと言われても既にお亡くなりになっていますし、ここで逃してはまたどこかで誰かが犠牲になります」


「そんな……もうどうにもならないのですか?」


「残念ながら」

「それなら、私も死にます」

「え?」


「何を言ってるの!? あなたが死んだら意味ないでしょ!」

 女性が慌てて言うと、

「すまなかった。君との婚約は親同士が決めたもの、好きあっているわけでもないのに、言われるがままでは互いに不幸になるだけだと思ったんだ」

 ご主人が女性を悲しげな眼差しで見つめた。


「……え?」

「君の気持ちに気づいていればきちんと話して断ったのに……君にそんな事をさせたのは……妻を、多くの人を死なせたのは私の罪だ。だから」


「もしご主人が亡くなったら、町の皆様が悲しみに暮れてしまいますよ」


「え?」

「それにほら。年若い私ですら、あの方がどう思われているのかわかりますよ」

 宿引きのお姉さまが涙目でこちらを見ていた。


「……ですが」


「ごめんなさい」

 女性が突然頭を下げて謝罪した。


「思えばあなたのそういう所に惹かれた、好きになった。親同士の約束なんて関係なく……。選ばれたのが私じゃなかったのが残念だけどね」

 そして私の方を向き、

「剣士様、いえおサムライ様とお呼びすればいいのでしょうか? どうぞ私を斬って地獄へ落としてください」

 


「ええ。じっとしててくださいね……はあっ!」


 霧が晴れるかのようにその体が消えた後……。


- あれ? -

 魂だけとなり優しげな顔になった、いや戻ったのだろう女性がそこにいた。


「地獄へなど行かせませんよ。極楽浄土にいる皆様に謝ってもらわなければなりませんからね」


- あ、ああ……ありがとうございます -


「お礼なら私よりこの方に」


- ええ……ありがとう。もし許されるなら、天から見守らせていただきますね -


「ああ……」

 

 女性が光に包まれて消えた。



「ご主人、まだ死ぬとか言わないでしょうね?」

 大丈夫だろうと思いつつも尋ねてみた。

「はい。罪滅ぼしのつもりで今まで以上に働きますよ」


「よかった……あんたに死なれたら」

 お姉さまも部屋に入ってきた。

 まだ涙目だった。

「しかしお姉さまはよくご無事でしたね。とっくに呪い殺されていてもおかしくないのに」 

「あたしはあまり近寄らなかったから、あの人の眼中に無かったんじゃないかい?」

「いえお姉さまの後ろにいらっしゃる、おそらくご主人の奥様に」

「へ?」


 おサムライ様、私はそんな事しませんよ。


 若く見える透けた女性がそこに現れた。

「え……」

「ギャアアア出たー!」


 そんな驚かなくていいでしょ。生前あれだけ仲良くしてたのに。


「あ、そ、そうね。ごめんね」

 お姉さまが頭を下げる。

「なんだ、ご友人だったのですね」

「うん。彼女がまだ元気だった頃、ロクでなしだったあたしの元ダンナを叩きのめして町から追い出してくれたのよ。そこから友達になったわ」

「えらく強い方だったのですね」


「ええ。私もあの時初めて知りました。おっかない嫁と結婚したものだと」

 ご主人が苦笑いしながら言う。


 もう、あなたったら。


「……また会えて嬉しいぞ」

 私もよ。

 ねえあなた、彼女なら私も恨まないわよ、だからね。


「少し時間をくれ。今はまだそういう気にはなれん」


 ええ。


 うちの人をお願いしますね。

「任せときなって」

 お姉さまが胸をどんと叩いて答えた。

 

 さてと、そろそろ私も……。


「うん。そうだ、あんたと会えて本当に嬉しかったよ。ありがとね」


 こちらこそ。

 では……。


 奥様も光に包まれていった。




 私はその後数日間、この宿でお世話になった。

 露店や商店で他にどんな町があるか聞きつつ、町中を見て回った。

 もう噂は広まっているらしく、私が宿の事を解決した者だと知ると皆さんが感謝の言葉を述べてくる。

 それを見て思う。ご主人はよほど多くの方に慕われておられるのだと。

 ……なんだか話に聞いたお祖父様のようだ。

 そんな方に出会えて嬉しく思った。

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