詩を書く

少年は詩を書く

己の空洞を埋めたいが為に

只詩を書く

少年は詩を書く


彼にはもう何も無かった

彼が愛した景色は崩れ去り

人の「幸せ」を手に入れられないと知る

少年は詩を書く


欠けたまま彼は青年になった

「欠けたまま」がいつしか彼の言い訳になった

そんな彼を誰もが嫌った

青年は筆を折った


他人の正義で彼は己を潰した

それにもう謝罪はない

黒く淀んだ目にはもう謝罪は必要ない

そんな彼は街角のショーウインドウに足を止めた


いつか無くしたはずの情熱がそこにあった

「好き」を形にする楽しさを知った

ここでなら失った物を取り戻せるかもと夢見た

夢見鳥は地に落ちたけど


そんな彼を誰もが嫌った

その原因は彼にあると彼も知っていた

気付けば彼は独りだった

悪者には罰が下ったのだ


青年は詩を書く

只詩を書く

もう目的なんか何も無い

只詩を書く


その日々の中が続いて

彼は花屋の前で足を止めた

理由は分からないが何気なしに気を引かれた

白い一束の百合の花


青年は文具店で万年筆を買った

もう失うものなんて何も無い

知る人もいない

だからもう何も怖くなかった


自身のどす黒いインクを吸わせて

人の目も気にせず書き殴った物語は

彼の思ったより多くの評判を鳴らした

青年は破った原稿用紙を繋ぎ止めた


何も無かったはずの彼は

いつの間にか多くの人に囲まれていた

彼を罵倒する人はもういなかった

得られなかった賞賛を初めて得た


そんな彼に一通の手紙

懐かしい文字に固い言葉

断絶したはずの時間が

奥にしまい込んでいた携帯が鳴り響いた


それと引替えかのように人々は去った

彼の作品は売れ残って冷えた弁当同然

それでも彼は描き続けた

只見返したかった、それだけだった


月日は経って

彼は立ち竦んでいた

自分と世界との乖離を目の当たりにしたから

万年筆からインクが零れた


ボロいコートの穴から冬の風が吹き込み

そこで初めて青年は知る

自身の無力さを

過ぎた人達が幻影だったと


青年は詩を書く

ここは傷心高速道路朝方SAにて

ガス欠寸前のボロ車のエンジンで暖をとりつつ

只詩を書く


「色々あったな」と言う言葉で片付けられない

その「色々」に只思いを馳せ

青年は詩を書く

少年が書いていたように


もう後戻りは出来ないから

青年は詩を書く

ここまでの旅路を忘れぬように

涸れぬその黒いインクで


ガス欠のアラートが鳴った

もうここからは暖も取れない

歩くしかない旅路にて

彼は詩を書き綴る


もう誰もいない傷心高速道路

もう歩くしかないか

青年は目を細める

朝方SAに差し込む橙の日差しに


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