第26話 闇夜に潜む
雷伝は先陣を切り、校門の柵をよじ登った。するとどこからともなく爆発音が聞こえてきた。
「何の音だ!」
顔が虹色の彩色で照らされる。校門の頂上に足を掛けた雷伝は遥か彼方に時期外れの花火を見た。もう夏は過ぎ、もうそろそろ冬である。少し肌寒くなってきた神無月の宵に、この町ではそんな祭りを開いているのか。
「毎年やっている祭りですよ。終盤に必ず花火を数発、打ち上げるんです」
「そうなのか、知らなかった……」
去年のこの時期はずっと家でゲームにふけっていたため、そんなイベントにも気が付かなかった。
そう思うと少し感慨深い、去年といまを比べると百八十度反転した生活を送っている。
校門をよじ登り、無事に学校の敷地内に入ると、思ったよりも明るかった。外から見ると恐ろしく暗く思えるが、いざ中に入って見れば、街灯などの人工の光がないため、月明かりが光源の全てを担う。開けた場所であるがゆえに視界も良好だった。
雷伝は身をかがめて、辺りを見渡すが、怪しい影はない。三人が無事に乗り越えるのを確認すると、校舎へと向かった。
新校舎の壁際を這うように進み、昇降口へと到着する。
「セキュルティーは俺が切っておいたぜ」
「そんな簡単に切ったり繋いだりできるのか」
「簡単な事さ」
望月はそう言ってポケットからピッキング道具を取り出した。鍵穴に針金を突っ込み、作業を始める。やけに落ち着いてるし、手慣れていた。
こいつ前にも深夜の学校に侵入したことがあるな。
雷伝はその頼もしい後姿に目を細めた。
「雷伝さん、これ開いてるぞ」
思いもよらない結果となった。まさかすでに学校に侵入している生徒がいるというのか。罠かもしれないが、ここで引くわけにはいかない。
アイコンタクトを取り、重い昇降口の扉を開けた。
「誰かいるのか」
小声言った。すると風紀委員室のほうから物音が聞こえたような気がした。
「いま何か聞こえなかったか」
「風の音でしょ。それか鼠ですよね」
岩寺があまりにも警戒する雷伝が肩をもみながら言った。
「鍵が開いているのは用務員が単に戸締りを忘れたわけではありませんか」
一風はそう言うが、こんなメインとなる鍵のかけ忘れるだろうか。疑問点は残るが、いまは考えるのをやめておこう。こうなればいち早く仕事を終わらせてさっささと出て行くのが得策ではないだろうか。
光が差し込む廊下の窓から死角になるサッシの下を這うように移動し、データが管理されている職員室を目指した。
途中まで進んだところで、岩寺がもじもじと動き出す。
「何をしている岩寺?」
小声で言うと、もっと小さな声で答えた。
「ちょっとトイレに」
「なぜ済ませてこなかった」
「緊張していたものですから」
「分かった。我らはここで待っている。行ってこい」
「ありがとうございます」
岩寺がそう言って、向かった先は女子トイレだった。
「ちょっと待て!」
「え? 何ですか」
「何ですかじゃないだろ。お前そっちは女子トイレだろうが」
「何を言っているのですか、部長殿。女子トイレとは女子が使っているから女子トイレなのですよ。いまは我々しかこのいないのです。お二方、トイレのほうは?」
「自分は大丈夫であります」
「まぁ我も大丈夫だが」
「ならあのトイレはもはや女子トイレではありません」
まるで論破でもしたかのように堂々と女子トイレに向かう。あたかも言いくるめた雰囲気を出しているが、断固として違う。女子トイレと書いてあるから女子専用のトイレなのである。
「おい騙されないぞ岩寺、男子トイレを使え」
「いやいや岩寺の言ってることもあながち間違いじゃねぇぞ」
同類は黙っていろ。望月を睨みつけるが、援護は止まらない。
「女子トイレを男が清掃することだってある。なぜ清掃できるか。それは清掃中の看板がトイレの前に立て掛けられているからだ。つまり絶対に女子が入らないことが保証された女子トイレはもほやトイレですらない。だから俺も行ってくる」
「お前は何しに行くんだよ!」
「トイレじゃないから、用を足す意味はない」
いよいよ分からなくなってきた。必死に女子トイレに入ることを認めさせようとしているが、その実はただ女子トイレという神殿に足を踏み入れたいだけだ。
よこしまな感情しか見えてこない。
「分かりました部長。なら僕も女子トイレには入りません」
「やっと分かったか、トイレはおとなしくあっちで……」
雷伝が喋っている途中、岩寺がいきなりズボンを脱ぎだした。
「お、おい何をやっているんだ岩寺!?」
「この誰もいない深夜、女子トイレ、基トイレはトイレの意味をなしていない。つまりトイレがトイレでないならこの廊下もトイレと同じことです。僕は今からここでウンコをします」
「学校は便器で世界も便器ということでありますな」
「一風さん、その通りです」
この三人の暴走した思考回路は留まることを知らない。
「分かったよ。女子トイレを使え」
呆れた声でそう言うと、なぜか望月も一緒になって女子トイレへと消えていった。
信じられないほど大きな溜息をつき、二人が出てくるのを待つ二人。変なことでもめていたおかげで時間を食ってしまった。
腕時計を見つめると、侵入してからもうに十分近く経っている。秒針は進み続け、止まることのない時間の経過に焦り感じた時、その見つめていた秒針が揺れ動いた。
いや揺れているのは秒針ではない。ましては自分の体でもなく、このフロアが揺れている。何かが迫ってきている。重たい足音がこちらに向かって近づいてくる。
「灯……この振動……」
「先客のお出ましですね」
廊下の角から黒い影がぬっと現れた。
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