第8話 危急存亡

「いや、その……」


 うまい返しが見つからない。口が裂けても、盗撮カメラを設置するために窓から侵入したとは言えない。

 なんとか誤魔化そうと、話題を変える雷伝。思考の結果、苦し紛れに言った。


「青橋さんこそ、なぜこんな時間に」


「私はタオルを忘れただけですわ」


 雷伝の視野の中で揺れ動くロングタオル。まさかこれが青橋のものだったとは。そしてそれを三時限目の中休みにわざわざ取りに来るか普通!? さらに職員室に行って、鍵まで借りてくるなんて、どんだけ真面目なんだこの女は!


「それにあなた何か隠してません? 先ほどから挙動がおかしくてよ」


 それもそのはず、いま雷伝の後ろ手の中には間一髪で回収することが出来た小型カメラがある。そのSDカードには青橋の生着替えが……

 汗ばんだ手でカメラを握り締めた。

 昨日、小遣いをはたいて買ったこのカメラが今は憎い。これさえ無ければこんなことにならなかったというのに……

 詰めよってくる青橋。後退りをするがすぐ後ろは壁だった。


「その後ろに隠しているものはなんですの?」


「いやそれは……」


 しどろもどろになる。しかしそんなことはお構いなしに手を伸ばしてくる悪魔。

 クソ……これで我の学校生活も終わりか。どうしようか、どう言い訳をしようか。それともここまで経緯を全て喋って土下座でもしようか。

 この女に弱みを握られ、憩いの場まで奪われ、学校生活はさらに酷いものになる。

 雷伝は奥歯を噛み締め全てを覚悟した。

 その時である。

 更衣室の入り口から声が聞こえた。


「部長殿!」


「灯!」


 間一髪の場面で振り返る青橋。救世主のごとく現れたのは一風である。かなり息を切らしながら柱に手を突いた。


「あなたは確か、元アニメ部の……」


「一風灯であります!」


 敬礼する一風。青橋の後ろに縮こまる雷伝とアイコンタクトを交わした。


「なんであなたがここに? というかあなたたちのクラスは今日、体育があったの?」


 一風と雷伝は違うクラスだが、体育だけは合同で行う。つまり二人とも前回の体育は金曜日だった。


「ありませんでしたよ。ですが部長殿が忘れ物をしたというので、今日はそれの回収に参りました」


「そうなの? なら早くそう言ってほしかったわ」


 雷伝は必死に首を縦に振った。


「うーんでも、じゃあなんで体育館の鍵が閉まっていたのかしら」


 ヤバい。更衣室にいることは誤魔化せても、そっちはどうすることもできない。雷伝は目が泳いだ。


「それは部長殿が忘れたものが、超エロティックなお股スケスケパンティーだったからであります」


(灯! 何を言っているんだ!!)


 雷伝は目で訴えた。すると一風は目線でこう返す。


(部長殿、ここは自分に任せて下さい)


「あなたそんな破廉恥なものを身に着けてきたの?」


「ええ、部長殿のスカートの下は常にお股スケスケパンティーであります。だが流石にそれがクラスの皆にバレてしまうのが嫌なため、早めに更衣室に行き、普通のパンツに履き替えていたのです」


 これではまるで我が変態趣味みたいではないか! だがこのカメラが見つかるよりは増しか。

 青橋の軽蔑的な視線が痛い。


「そのため忘れ物をしたのがバレたくなったが部長殿は体育館の鍵をわざと閉め、私が誰にバレないように職員室に鍵を返しに行った次第であります。せっかくの見張りを任されたのに、職務を放棄し、その足でトイレに行っていたことをどうかお許しください」


「ま、まぁ生理現象なら仕方ないよな」


「じゃああなたが後ろで隠していたものは……」


「そ、そうだお股スケスケパンティーだ!」


 こうなればヤケだ。もうなんだって言ってやる。


「あ、そ、そうなのね……学校に破廉恥な下着で登校するのは少しいただけませんけど、それなら分かりました」


 青橋はロッカーのロングタオルを素早く回収すると、そそくさと更衣室から出て行く。


「趣味もほどほどにして下さいね雷伝さん」


 先ほどとは態度が一変し、逃げるように立ち去る青橋。

 身に覚えのないレッテルで屈辱的な叱咤を受けたが、盗撮カメラだけは守られた。紅潮しながらほっと溜息をつき、腰をへなへなと落とす。


「大丈夫ですか、部長殿」


「灯……助かったよ」


 尊厳は失ったが、使命は成し遂げた。これが肉を切らせて骨を絶つというやつか。雷伝の手のひらには汗でぐっしょりと濡れた小型カメラがあった。


「よくぞやってくれました」


「それにしてもよく来てくれたな灯」


「ええ、三時限目の終わりには血相を変えた岩寺が自分の教室に走ってきたのです。『対象が更衣室向かっている! 至急部長を助けて欲しい』と」


 ブレッドⅡ恐るべし……

 不本意であるが、今回の件であの下衆なソフトが死ぬほど役に立っているのは事実だ。


「行きましょう」


「ああ、本番はここからだ」


 差し伸べられた手を握り、二人は更衣室を後にした。

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