第8話 叶夢

 「ただいま」


 そう言うと


 「おかえり、兄さん」


 と聞こえてくる。

 もう勉強してるのか……。

 そんなことを考えながら叶夢の手元を見ると、何やら表にいろいろ書きこんでいた。

 生徒会の仕事か……。

 机の上には大量の用紙がのせられている……一人でこの量は大変だろうに。

 

 「叶夢、手伝おうか? そんなにあったんじゃ多分夜までかかるよ」

 

 叶夢は嬉しそうに微笑んで


 「いいの、兄さん?」

 

 僕は頷いた。


 「手伝うための時間作らなきゃいけないから今日の晩御飯は、簡単なものにさせてね?」

 「うん」


 この家での料理は基本、僕が担当しているが週末なんかは妹が率先してやってくれるけど。

 服を着替えて早速、晩御飯の支度にとりかかる。

 お湯を沸かしてからパスタの麺を茹でて、その間にもう一つの鍋に湯を沸かしレトルトのパスタソースを温める。

 パスタだけでは、栄養が十分ではないので同時並行でサラダを作る。

 調理時間、二十分弱で晩御飯は完成した。

 本当ならレトルトのパスタソースなどは使わないが時短のために常にいくつか購入してある。


 「お待たせ」

 

 そういうと叶夢が作業を中断して食卓につく。


 「いただきます。早いと思ったら『蒼の聖堂』のパスタね」

 「そうだよ、こないだスーパー行ったらお買い得だったから。それに叶夢はこれ好きでしょ?」

 「うんっ。でも、兄さんの作ったパスタソースも好きだよ」


 嬉しいことを言ってくれる。

 叶夢のは、ウニのクリームパスタで芳醇な匂いが鼻腔を刺激する。

 一方僕のはボローニャ風パスタだ。

 牛肉のうまみをしっかりと感じられる。

 ふさぎこんだ顔じゃなくて明るい叶夢の顔がみれてうれしい。

 

 「ところであの用紙は何の用紙なの?」


 あの用紙というのは無論、叶夢がさっきまで向かい合っていたもののことだ。


 「あれは、学習状況チェックっていう学習への意欲向上を目的にした調査の用紙なの」


 僕らのころにはそんなものはなかったっけ。

 

 「なんか、すごい力が入ってるね」

 「うん、みんなにちょっとでもレベルの高い高校を自身をもって受験できるようになってほしいから」


 これは、叶夢が企画担当の仕事なんだ……。

 自分の心配だけじゃなく人の心配までできるのは亡くなった母にそっくりだなって思う。


 「そっか……。食べ終わったしこれ片付けたら手伝いに行くよ」

 「ありがとう」


 それから、作業は三時間ほど続いた。

 今日は、叶夢の心からの笑顔が見れてとにかくよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る