第23話 届かぬ手

「ハァ!」


 俺は剣を構え、様子見を決め込む浅野潤から放たれるプレッシャーに耐え兼ねて、切りかかった。


 しかし自分でもわかるほどの杜撰な剣捌きで繰り出された斬撃は、余裕ではじき返された。


「グッ!」


 ――クソッ! どこに打ち込んでも当たる気がしねぇ……。


 俺ははじき返された衝撃で姿勢を崩したが、立て直すと浅野潤の隙を伺った。


「おや、来ないのかい? ふぅ、なら僕から行かせて貰おうか!」


 ――早いッ!?


 浅野潤が剣をだらりと下げたその瞬間、俺には浅野潤が消えたように見えた。


「ガッ!?」


 俺は勘のみで咄嗟に剣を首の横にかざして防いだが、思いっきり吹き飛ばされ無様に地面を転がった。


「へぇ、少しはやるようだね。だけど、その程度では!!」


 そこから先は一方的だった。浅野潤が剣を繰り出し、何とか防ぐも毎度吹き飛ばされ、こちらが剣を繰り出すも浅野潤は事も何気に俺の剣を捌き、逆に俺がよろける。


 そんな事を繰り返している内に俺は傷だらけになっていくが、それとは対照的に浅野潤は無傷のままだった。


「テメエは本当に、姉さんを犠牲にすることでアンタの奥さんが生き返ると思ってるのか!? それにそんな事をアンタの奥さん望んでいるとでも!?」


「僕はさっきも言ったはずだよ? それにもう、君と話すつもりはないよ」


 浅野潤はそう言うと力任せに剣を振り、俺を吹き飛ばした。


「グ……俺は知ってるんだ。もし本当に蘇生できたとしても、誰も望まない結末になる! だから!」


「話すつもりは無いと言ったはずだ!!」


「ガハッ!?」


 ――どうすればいい!? 正攻法じゃあ俺に勝ち目はない。ならば!


「ハァァァ!」


 俺は浅野潤に突撃した。


「なんだい? 勝ち目がないのがわかって特攻しに来たのかい? だとしたら浅ましい事この上ないね」


 そう言うと、浅野潤は突撃した俺の懐に潜り込み、俺の脇腹を剣で突き刺した。


「ゲホッ」


 俺が血反吐を吐くと、浅野潤はにやけながら言った。


「全く、その程度で僕に勝てるとでも……」


 そのまま片手に持っていた自分の剣を放り投げた後、俺は自分の腹に刺さった剣を自由になった手で掴み、もう片方の剣で浅野潤の首に刃を振るう!


 その時ヘルメスの神意が発動し、俺の剣は金色に輝いた。


 ――勝った!


 だが次の瞬間。振るったはずの剣は、何か硬いモノに防がれていた。


 ――なッ!?


 なんと浅野潤は、素手で俺の剣を防いでいた。


「キングズディフェンス、防御系のスキルだよ。いい一撃だった。もっとも、僕らSランクエンフォーサーの通常攻撃並みの火力だったけど」


 浅野潤はゆっくりと腕に食い込んだ俺の剣を抜き、剣を振りかぶった。


 ――ダメか……。


「ダメぇぇ!」


 その時、倒れた俺を姉さんが庇うようにして飛び出して来た。


「どいてくれないか? 円華」


「お父様には従います。けれど……けれど。どうか悠馬を殺すのだけは……お願いします、悠馬を逃がしてあげて……!」


 姉さんは立つのもやっとなはずなのに、俺を逃がしてやってくれと浅野潤に懇願していた。


 ――クソ! 動け! 動けよ! 俺の体!? どうして動いてくれないんだ!


「ま……だ……やれ……」


 俺が息も絶え絶えになんとか声を絞り出すと、姉さんは泣きそうな顔で笑いながら俺の頭を撫でて言った。


「ありがとう、悠馬。私の為に……でも、もういいんだ。私の為に悠馬が傷つく姿はもう見たくない。それに、お母様が本当に生き返るなら私はどんなことだってするし、どんなことだって我慢できる。だから、大丈夫だ」


 ――そんな顔で大丈夫だって言われて、納得する奴が居るかよ……


 だんだんと視界が暗くなっていく。


「わかったよ。僕も相馬と涼子さんの子供を殺したくはなかったからね。最低限の治療だけ教団の下っ端にさせて適当な所に放り出せば、誰かが見つけて病院に運んでくれるだろう。これが僕にできる精一杯だ。これでいいね? 円華」


「はい……お父様」


 姉さんは唇を嚙み、頷いた。


「悠馬……今度こそお別れだ。どうか、どうか元気で幸せに暮らしてくれ。それだけが私の望みなんだ、だから……だから……」


 そう言って姉さんは、ここから去ろうとしている浅野潤についていく。


「まっ……て、ねえ……さん」


 俺は徐々に遠ざかっていく姉さんの背中に手を伸ばすが、届かない。


「円華、ここはバレてしまったから移動しようと思う。それに悠馬君が嗅ぎ付けたんだ、メラムの連中が知らない訳がない。きっと邪魔をしようとしてくるだろう。だから予定を早めて魔神アスタロト様を復活させる、わかったかい? 円華」


 最後に聞こえてきたのは、そんな浅野潤の声だった。




「ここ……は? クソ、俺は……」


 気がつけば俺は、いつもの病院のベットで寝ていた。


「おや、気が付いたかい?」


 俺は起き上がろうとしたが、上手く起き上がることが出来ない。


「行かないと……早く姉さんを……」


「ちょ、ちょっと! まだ起き上がってはいけないよ! 君は重病人なんだから!」


 その時、始めて俺はいつもの先生が傍に居たことに気が付いた。


「あ……先生……」


「全く、暫くは安静にしていること! いいね?」


 その後、先生は俺が発見された時の事と俺の怪我の具合を話してくれた。


「で、どうして君はそんな大けがを負ったんだい?」


「……すいません、言えないです」


 ――先生を巻き込む訳にはいかない。


「わかった。だけど君は重傷で、暫くは絶対安静だ。いいね?」


 ――ハハッ。これは抜け出そうとしてるの、思いっきり見抜かれてそうだな。


 その後先生の目をかいくぐり、誰も居ないのを見計らって病室を抜け出して病院の駐車場を横切ったその時。


「あれ? 悠馬?」


 真司がそこに居た。





「何も聞かないのか?」


 現在俺は真司の運転するバイクで、家に向かっていた。


「聞いたって話さないでしょ?」


「悪い……けどこんな事にお前を巻き込めない」


 そう言うと、真司は苦笑した。


「全くそんな事気にしないで、僕にも教えてくれって言いたいけど。きっと悠馬はそう言ったら困るんだろうね」


「ごめん……」


「さあ着いたよ」


「ありがとう、助かった」


 俺がそう言って玄関のドアを開けた時、真司が声をかけて来た。


「悠馬!」


「なん……うおっ!? これは……」


 真司が投げてよこした物を見るとHPゼロになる時、身代わりになってくれるアイテム命のお守りだった、それも10個。


「お前これ!?」


 このアイテム。見た目は普通のお守りだが、その実一つ400万もする超高級アイテムなのである。


「ホントはそれ、事務所から保険にって持たされたものだけど。今は悠馬の方が必要そうだからね、あげるよ」


「けど!」


「大丈夫大丈夫。自腹で補充するからさ」


「悪い、いつか必ず返す」


「良いよ、別に。ただ、代わりにちゃんと帰ってくること。いいね?」


 そう言うと、真司はバイクに乗り込み去っていった。




 家に入り病衣から着替えた後、俺は土蔵に居た。


「……使わせてもらうぞ、顔も見たことない爺さんと親父」


 俺はムラサメとムラマサを掴むと、今度は望月茜の店へと向かった。




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