寄り道 望月茜の体術教室
今、俺と冬香は泥にまみれながらワニ型モンスターであるブルータルアリゲーターと素手で格闘していた。
え? なぜそんなことしているかだって?
それは……
「茜さん! 俺に体術系のスキルが覚えられるように体術を教えてくれませんか!」
俺は今、望月茜に土下座している。
「ろーしたー? 急に土下座なんてしてー? もしかして俺と付き合いたいろかー? 悪いけど年齢差がなぁ……」
茜は酔っているせいで、俺の言葉をガン無視してそんな事を言い出した。
「いや、ちが……」
俺たちは望月珈琲店の一階の店部分にいたのだが、俺がそう言いかけた時冬香が階段から飛び降りるようにして二階から下りて来た。
「ア、アアンタ! なに言ったのよ!? し、師匠に告白!?」
冬香が目をぐるぐるさせながら俺の胸倉を掴んできたので、俺は慌てて弁明した。
「違うから! ホラ! 茜さんって魔法と体術と剣術を上手く組み合わせて戦うスタイルだろ? だから体術を教えてくれって言ったら、この酔っ払いが勘違いしただけだ!」
「なんだ……ビックリさせないでよね」
「ビックリしたのはこっちなんだけど……」
冬香はため息をつくと、俺の胸倉から手を放した。
「で、茜さん。どうか俺に体術を教えてくれませんか!」
「Zzzz……」
どうやら俺が冬香の誤解を説いている間に寝てしまったらしい。
俺は額に青筋を浮かべながら、冬香にこう呼びかけた。
「なあ冬香」
「なに? 悠馬」
「俺、今のチャンスにこれまでの恨み全てを利子付きで、茜さんに返そうと思うんだけどさ。冬香もやらない?」
俺はそう言いながら机に置いてあった油性ペンを一つ持ち、もう一つを冬香に手渡した。
「いいこと思いつくじゃない」
――日頃の恨み、ここで晴らさでおくべきか!!
一時間後。俺達は後頭部に特大のたんこぶができた状態で、茜の前に正座していた。
「それでお前たちは苛立って日頃の恨み分俺の顔に落書きをし、俺の顔写真を撮っていたところ、俺が目覚めて慌てふためいた訳か」
「「そうです……」」
俺と冬香が小躍りしながら、落書きをした茜の写真を撮ろうとしたところ。急に目を開き、スマホを持っていた冬香の手を掴んだのだ。
正直、心臓が止まるかと思った。
現在俺達は拳骨を貰い、あらかたの事情を説明し終えた後である。
「良いだろう、お前たちを鍛えてやる」
茜は落書きされた顔のまま、笑顔で俺たちに言った。
「ほ、本当ですか?」
「あァ、勿論だとも」
「よかったじゃない悠馬!」
俺と違い後頭部に二段のたんこぶができた冬香が、俺のほうを見てそう言うと、茜は笑顔で冬香にこう言い放った。
「お前も参加するんだぞ? 冬香」
「え? え? 私もですか??」
「勿論だ。お前にはもうそろそろ体術を覚えさせねばと思ってたんだ」
「ありがとうございます茜さん! いやー体術教われる知り合いなんて他にいませんからね……」
「フフフ……気にするな。正し、俺はスパルタだぞ? ついてこられるな? 弱音なんて吐くんじゃないぞ!」
「はい! 絶対に弱音なんて言いませんとも!」
「はーい……」
「無理無理無理無理! 無理だから! 特訓でも何でもなくてただの処刑だからこれ!?」
「師匠! 助けてください。お願いいたします! なんでもしますから!」
俺達は、C級ダンジョン内のブルータルアリゲーターの住む沼地の淵に、武器ゼロ防具最低限で立っていた。
「いや、大丈夫だ。お前たちなら出来ると信じてるぞ! それじゃあ俺はビール飲んで待ってるから、さっさと行って来い!」
茜はいい笑顔で俺達を蹴り飛ばし、俺達はブルータルアリゲーターの集団のど真ん中へと落ちた。
そして、話は今に戻る。
「こなくそ! やってやる! やってやるぞ!! あ、ちょ。ちょっと近づかないでくださーい!?」
先手必勝! 俺はブルータルアリゲーターにアッパーカットを食らわせた。
だが如何せんスキルもなしに素手で殴っただけなので、ほとんど効いていない。むしろ自分の手を痛めてブルータルアリゲーターを怒らせただけである。
「あ、お客様? お触りは禁止……ちょ! 冬香へループッ!」
俺は、ブルータルアリゲーターと背負っていたバッグのひもを引っ張りあいながら、冬香に助けを求めた。
「……何を助けろって言うのよ?」
俺が冬香のほうを見ると、冬香はブルータルアリゲーターに着ていた服のフードを咥えられ、何処かに連れ去られる寸前だった。
「うぉぉ!?」
その後、冬香を咥えたブルータルアリゲーターを殴って蹴って幼児のようにじたばたとがむしゃらに攻撃しまくっていたが、ダメージが通っている素振りは無かった。
「へぶっ!」
だが、鬱陶しかったのかブルータルアリゲーターは冬香を放り投げて、俺に向かって突進してきた。
「死ぬ! 死ぬから! マジで死んじまう!」
ブルータルアリゲーターは大口を開けて迫ってくる。
それに蹴りを入れたその時、俺は自分の中の何かが繋がった気がした。
「な、なんだ!?」
これはもしやと思い、スキルカードを見てみると体術スキルのパワーフィストが追加されていた。
「この野郎!」
俺はそれを見るやいなや新しく習得したパワーフィストを繰り出した!
「ハァハァハァ……もうやらないぞ、2度と」
「もう嫌……口の中、泥の味しかしない」
俺たちは何とか沼地を脱して、今は地面に二人そろって座り込んでいた。
「おー! まさか本当に一回で出来るようになるなんて思わなかったぞ、というか半分さっきの仕返しだったし」
――いつか泣かす。
俺はまた、強くならなければならない理由を一つ見つけた。
「それじゃあ次、行ってみようか」
「「へ?」」
「ん? なんだ? この程度で終わると思っていたのか?」
――え? あ? 噓だッ! アァァァ!?
その後も、望月茜によるスパルタ体術教室は続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます