寄り道 開かずの土蔵の罠

「そういえば悠馬、お前に渡さなきゃいけないものがあるんだ」


「ん? なに? 姉さん」


 ある土曜日の朝、姉さんは珍しくダンジョンに潜らずソファにだらっと寝転がる俺に、真剣な表情で話を切り出してきた。


「その……この家には開かない土蔵があるだろ?」


「え? ああ、うん」


「実はあそこの鍵なんだが……」


 姉さんによると、浅野潤は俺のこの世界の親父からもしもの時は俺に渡せとスペアキーを預かっていたらしく、本来ならばこの家に戻ってきた時に渡すはずだったが、仕事が忙しく渡しそびれてしまっていたらしい。


 ――仕事が忙しくて、ねえ……


「済まない悠馬、すっかり渡しそびれてしまった。これはお前の父親の形見なのに……」


 そう言って姉さんは俺に鍵を渡すと頭を下げてきたので、俺は慌てて姉さんに頭を上げるように言った。


「ちょ、姉さん!? 頭を上げてよ、姉さんは悪くないんだからさ!」


 ――実際姉さんすら放っておいて、邪神教団なんかに手を貸してる浅野潤が全部悪い訳だし。


「いや、父の責任は私の責任でもある。だが父を責めないでやってくれ、あの人が仕事で忙しいのは養ってる私のためでもあるんだから、仕方がないんだ」


 そう言って儚げに微笑む姉さんを見て、俺は浅野潤に殺意を抱いた。


 俺だって本当にアイツが真っ当な仕事で忙しいなら、ちょっと娘のことかまってあげられないのかな? くらいだ。

 だけどアイツが今やっているのは邪神教団の手伝いで、その末に姉さんは犠牲になってしまう。

 こんな良い娘を放っておいて、挙句の果てに娘にとんでもないもの埋め込んで、その末に死なせて『違う! 違う!? 僕はこんな結末は望んでいなかった! 僕をだましたなアスタロトォォ!』だと? ふざけるのも大概にしやがれ!

 だが、止めたくとも今の俺では浅野潤に勝てない。奴はSランクエンフォーサー、その上バトル中負けかけるとアスタロトに魂を売って眷属化する。

 アイツに勝って姉さんを守るためにも、急いで強くならなければ……


 ――そういえば姉さんが邪神の、魔神アスタロトの欠片を埋め込まれたのはいつだ?


「おい悠馬? 大丈夫か?」


 そんなことを考えていると、姉さんがいつまでもぼーっとしている俺を心配して声をかけてきた。


「あ、ああうん。それよりも例の土蔵、見に行かない?」


「私も入っていいのか?」


「もちろん!」


 俺は心配してくる姉さんを誤魔化し、土蔵へと向かった。


 胸に残る一抹の不安を無視して。




「それじゃあ、開けるよ」


 俺が先ほど受け取った鍵を使い無駄に頑丈な扉を開けて、俺たちは土蔵の中へ足を踏み入れた。


「んー……特に何も無さそうだな。ガラクタだらけだ」


「多分悠馬のおじい様は、ココをただのガラクタ置き場として使っていたのだろうな」


「うわ、ワクワクして入ったのになんか残念すぎる」


「ま、現実なんてこんなもんだろう」


 俺は苦笑して土蔵の端の本棚に、一冊だけ不自然にあるロビンフッドの本を引き抜いた瞬間。

 ガコッという音がして本棚の隣の壁から、恐らく地下へと続いているであろう階段が現れた。


「え、えっと……なにこれ」


「ゆ、悠馬!? 一体何をしたんだ!?」


「い、いや。何もしてないって! 確かに本棚からこの本は取ったけど!!」


 俺は慌てて弁解しながら、現れた階段を覗き込んだ。


「これ、どこまで続いてると思う? 姉さん」


「わからない……ってちょっと待て! 悠馬!」


 とりあえずそこらへんに落ちていた使えそうな懐中電灯を拾い、俺は階段を下ってみることにした。




「ま、まだ着かないのか?」


「た、多分もうちょっとじゃないかな」


 俺と姉さんは懐中電灯の灯りを頼りに、長い階段を下っていた。


 そして俺たちは真っ暗な部屋へと辿り着いた。


「暗くて何も見えないな」


「そうだね……あ! これ部屋のスイッチじゃない?」


 俺がそのスイッチを押すと、暗かった部屋が明るくなり様々な武具やアイテムが部屋の電気に照らされて現れた。


「う、うわっ。なんだこれ!?」


 姉さんは驚いて声を上げていたが、それとは対照的に俺は絶句していた。

 何故ならこの部屋にある武具やアイテムに、見覚えのある物があったからだ。


 ――なんでシーガルのショップのアイテム達がこんな所に……。


 シーガル。神出鬼没の謎の商人で、物語の中盤を過ぎた辺りから出現するようになる。

 コイツは邪神や邪神教団を憎んでおり、会話の仕方によってはお役立ちアイテムをくれたり、アイテムを値引いたりしてくれる。

 コイツの商品の質は出現する場所によって異なるが、変わらない商品もある。

 その中の最たるものが、妖刀ムラサメと妖刀ムラマサだ。

 この二つは途轍もなく高く、初心者は勿論上級者ですら中々手が出せない。しかし、超高性能なのだ。デメリットさえ考えなければ。

 だからそのデメリットを潰す防具や装飾品を装備した上であれば、最強ではないものの凄まじい力を手に入れられる。


 それが今、俺の目の前にあった。


 正直言って今すぐに手を伸ばしたい、しかしこの装備はデメリットを無視して使うには余りにも代償が大きすぎる。特にゲームではなく現実であるこの世界では。


 俺は暫く迷った後泣く泣くムラサメとムラマサを諦めた、過ぎた力は身を滅ぼすだけである。

 しかし代わりに、その隣に置いてあったエリクサーをこっそりとポケットの中に入れた。


「そういえば親父って古物商だったらしいから、その商品だったってことじゃないかな」


 俺はそれを誤魔化す為に口笛を吹きながら言った。


 ――というより、連絡がつかない世界を渡り歩いてるっていううちの祖父がきっとシーガルなんだろうな……。


 俺が口笛を吹きながらちらりと姉さんの方を見ると、俺がムラサメとムラマサに気を取られていた隙に、姉さんは変な模様のツボから出てきたヘビと格闘していた。


「ななななんだこれは!? ツボを覗いたら、ツボからヘビが出てきて私に噛みつこうと!?」


 姉さんが襲われているのは設置型トラップで、同時に投げつける事も出来る対モンスター用痺れ蛇入りツボの蛇である……人間相手に発動しているところなんて、初めて見た。やはり現実とゲームでは少し差があるようだ。


「姉さん! それは……あ」


 俺がとりあえず蛇を駆除しようとした瞬間。蛇は姉さんに噛みついた後、魔力となって跡形もなく消えた。


「……」


 そして、そのまま姉さんは麻痺毒にやられて、青白い顔で口から泡を吹き白目を剥いて倒れた。


「ね、姉さん!?」


 どうやら対モンスター用の毒は、まだイザナギ学院入学前で一般人である姉さんには強すぎたようだ。


 ――本来なら、モンスターをそのままの状態で痺れさせる程度の毒でしか無いはずなのに! 

 

 そう思いながら、俺は慌ててアイテムの山から解毒薬を探し出して、倒れたままの姉さんに飲ませて事なきを得た。

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