第8話 最後まで諦めなかった者のみが報われる
「うッッ!!」
あの後すぐさま戦闘に入った俺は、ナム・タルの攻撃を剣で辛うじて受け流すことに成功し、無様に地面へと叩きつけられていた。
倒れている俺めがけてナム・タルは鎌を振り上げてきたので、横に転がる事で避ける。
冷や汗をかきながら、顔の真横に突き刺さった鎌を見て俺は悪態をついた。
「クソがッ! こちとらレベル31だぞ!? ちょっとは手加減してくれたっていいじゃねぇか!」
俺は飛び起きながらレイスラッシュをナム・タルに叩き込むも、返ってくるのは、まるで鉄を叩いたような感触だった。
ナム・タルはレイスラッシュを受けたにも関わらず、まるで蚊に刺されたかのようにピンピンしており、予備動作も無しで回転切りを放ってくる。
「ガハッ!」
俺は鎌が腹に当たる直前に、剣を滑り込ませる事には成功したものの、まるで玩具の様に簡単に宙を舞った。
「チ、クショウ。俺の貧相な攻撃力じゃあまともにダメージ通んねえぞ……」
俺はソロじゃ無理があると思い、壁に身を寄せてガクガク震えている青年に声を掛ける。
「オイ、そこのアンタ! アンタこんな所にいるってことはエンフォーサーだろ! 悪いが手伝っちゃくんないか!?」
しかし、その青年は震えながらこう抜かしてきやがった。
「む、無理だよ! 怖くて動けないんだ!!」
「じゃあなんでこんな所にきやがった!!」
「それは……強くなるために」
「んじゃあ、お前の言う強さって奴はそうやってモンスターから逃げて、壁に寄りかかりながら膝抱えてうずくまってることなのか!?」
「そんなこと……」
僕の名前は尾野真司。イザナギ学院の二年生でモデルをしている。
僕のエンフォーサーとしてのランクはAだが、本当の僕の実力はCランクギリギリと言った所だろう。
僕の家庭は母子家庭で貧しく貧困に喘いでいたが、ある時事務所にスカウトされてモデルになった。
しかし、当時は全く売れず解雇されるかと思ったが、事務所が新たに打ち出した新路線である、戦えてモデルもできる現役エンフォーサーモデルの一号に選ばれたことで事なきを得た。
僕が選ばれた理由は単純明快、死なれたところで損失が少ないからだ。そんなことは僕自身分かっていたが、辞めるという選択肢は無かった。
それからは簡単だった。Aランクエンフォーサーの弟子になり、高ランクエンフォーサーに事務所が依頼して、僕はとどめを刺すだけだったり、他の人が倒したモンスターをいかにも僕が倒したように見せるだけ。それだけで僕は戦えるイケメンモデルとして人気になり、僕は中学を卒業する頃にはすっかり天狗になっていた。
しかし、そんな毎日は長くは続かなかった。
中学を卒業してイザナギ学院に入学した僕は、最初の頃こそは学園の人気者だったが、クラスメイトや同学年の生徒とパーティーを組むうちに、僕の本当の実力が知れ渡ってしまう。
だけど、それだけだったらどれだけ良かったことか。
事務所は、もっと僕に箔をつけるためにランクを上げさせた。イザナギ学院入学時にEだったランクも、今では実力もついてないのにランクだけ立派にAランクだ。
当たり前だが僕が実力ではなく、他人に寄生してランクを上げたことなどイザナギ学院の生徒ならばお見通しだ。
僕が他人に寄生してランクを上げるたびに、僕の周りからは人が離れていった。
当然だろう。自分たちが苦労しながらランクを上げる中、大して実力もない癖に誰かに寄生してランクを上げて、ちやほやされる人間など目障り以外の何物でもない。
事務所が学院の生徒には口止めをしたが、二年生に上る頃にはもうすっかり全校生徒の嫌われ者だった。
嘲笑・侮蔑・嫉妬に失望、向けられる視線はどれもこれも心を抉るようなものばかり。
僕は事務所に強くなりたいと懇願したが、事務所はそんな危険なことはさせられないの一点張り。
どうやら、いつの間にか僕は替えの利く使い捨ての試作品から、ガラスケースにしまう為のコレクションアイテムになっていたらしい。
耐えきれなくなり、僕はスタジオでの撮影中にこっそり抜け出した先で、未発見ダンジョンを見つけた。
これ以上無いチャンスだと思った。このダンジョンで強くなれば、この未発見ダンジョンをクリアすれば僕を皆認めてくれる、僕は皆を見返す事ができる! お母さんに誇れる人間に……!
だけど、やっぱり僕は所詮僕でしかなかった。どれだけ頑張ったって高ランクエンフォーサーや、学院の強い人達の様に勇猛果敢に戦うことはできなかった。皆が戦ってる中、膝を抱えてうずくまり震えている弱虫野郎が僕にはお似合いだ。
「詰まらない意地なんて張らなきゃ良かった……お母さん、ごめんなさい」
その時、魂を揺さぶるような力強い声がした。
「勝手にあきらめてるんじゃねぇ!!」
僕は咄嗟に声のした方向を見る。
そこには僕よりも小さい子が、双剣であの恐ろしいモンスターと鍔迫り合いしているところが見えた。
「詰まらない意地? 上等じゃねえか! 俺だってクソ詰まらない意地張ってお前を助けるためにこんなバケモンと戦ってんだ! だからお前も立て!」
「無理だよ。君は勇敢かも知れないけど、僕は弱虫で卑怯者だ……」
「俺はお前が卑怯者かどうかは知らない、けど俺は勇敢でもなんでもねぇ。見てみろよ、俺の足を。ガクガク言ってやがる、実際さっきから鎌が俺の近くを掠めるたびにチビっちまいそうだ」
「だったら、僕を置いていけばいい。遅かれ早かれきっとこうなってたんだ」
そう言うと、彼は声を荒げた。
「おい、ふざけてんじゃねえぞ。俺は意地の為にお前を助けるって言ってんだ! 見捨てるかよ!!」
「でも……」
「でもじゃねえ! 良いか! 俺は大切な人達を助ける為に強くなる! だからこんな所で死なねえし、ましやここでお前を見捨てるようじゃあ大切な人達を救えねえ!! だから意地を張る! てめえは何でこんなとこまで来た!? なんで強くなりたかった!? てめえはどんな意地を張ってたんだ!?」
僕は……僕は……強くなって学院のみんなとちゃんと競い合って、お母さんに誇れる人間になりたかった!! 僕はお母さんを、自分の実力で支えれるようになるために強くなりたかったんだ!!
「……そうだよ。ここで死んだら、学院のみんなとちゃんと向き合えないままだ。それに、僕が死んだらお母さんを一人にしてしまう! 僕はお母さんを自分の実力で支えれるようになるために強くなるんだ!!」
そうして僕は立ち上がった。今度こそ目の前のモンスターに、自分の弱さに真っ向から立ち向かう為に。
「やりゃあできるじゃん」
目の前の少年は、目の前の化け物と戦っているせいで冷や汗を垂らしながらも、僕に向かって強気に笑いかけた。
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