第12話 下働き―――千年・前

 この病院で働き始めてから千年の時間が経った。

 ただし、この病院は人間棟以外は時間の流れがゆっくりなので、外では何10億年という時間が流れているそうで……実感はゼロですが。

 わたしのトラウマは、泣き出さずに語れるところまで落ち着いた。

 千年経ってそれだけかって?

 院長先生は、魂に刻まれたトラウマだから、千年でこれでも回復は早い方だって言ってます。

それに、懺悔するたびに、重圧に押しつぶされるのは、まだまだ変わらないですし。

 さて、千年経ってようやく、私にはこの異空間から外への外出許可が出た。

 勝手に出てはダメで、外出許可をとらないといけないけど。

 それに科学王国ルベリアと魔法王国フィーウ傘下の星はダメ。

 両国はまだ戦争中(何10億年と戦争しているなんて、信じられない)なので、トラウマが悪化する可能性があるから、行ってはダメなのです。

 独立惑星(文明が低いところ)なら、行ってもいいという限定付き。

 出かける用事がないので、今のところ外出許可の使い道がないけれど。


 太陽教の教えも身につき、ずいぶん板についたし、最近は実感を込めて祈りを唱えることができます。

 今日も朝の祈り、仕事前の祈りを済ませて、今日も雑用のお仕事です!

 天使棟は、すっかり馴染みました。最近では、他の雑用係を見習って(天使なので、ナチュラルに飛んで雑用をこなしています)『魔法・浮遊』で、飛んで用事をこなしています。魔力の扱いも、ほぼ意識せずに行うことができます。

 ちなみにリュミエールさんは、あれから十年ほどで退院しました。

 すこし寂しいです。

 リュミエールさんのチェスのお相手、キラケルさんはまだ入院しています。

 彼の場合は「再生不可」「癒えぬ呪い」「治癒魔法無効」など、様々な術をかけられたうえで、右上半身と頭を除くすべてが切り取られていたそうで。

 心臓と脳があったからこそ、死なずに入院になったとか。

最近になって、上半身の再生が完了しました。ので全身ギプスからは脱却。

 それで腰から下と、右半身ギプスに見える状態なのです。実際は、再生のガイドラインであって、ギプスではないんですが。

 最近私は、キラケルさんのチェスによく付き合っています。

 最初はカーテン越しでよく見えなかったのですが、キラケルさんは男性らしい魅力のある容貌でした。長い赤毛を後ろに流し、瞳の色は濃紺。キリっとした顔。

 結構な美男子だと思います。

「ん、何?俺がハンサムで惚れた?」

 こういうことをさらりと言うのもキラケルさんの特徴ですね。

 わたしは両手を広げて首を横に振ります。

「そうか?もっとキレイ系が好みか?」

「私は、いままで男の人を眼中にいれたことがないので、わかりません」

「………何か、理由でもあるのかい?」

「ありますが、詳しくは言えません。言いたくありません」

 男の人とお付き合いすることを考えると、自動的に父を思い出すのです。

 普通に接する事に関しては、問題ないのですが、お付き合いとか考えると………。

「そっか、まだ院長先生の魂の中で、魂の傷部分は癒し中なんだったな。何か引っかかったかい?悪いことを言った」

ぶんぶんと首を横に振る私。天使様たちは、優しすぎて困ります。

その間にも、チェスは進んでいます。

チェックメイト。キラケルさんの勝ちです。

「おー、勝った。けど、お前さんも最近は腕が上がったなぁ」

そりゃ千年もやっていれば………それでも負けるんですけど。

「これで気持ちのいい午前中を過ごせそうだ」

キラケルさんがご満悦なので、まぁいいや。

「じゃあ、私は巡回に行ってきます」

「はいよ、頑張んな」


わたしは、病院をぐるっと囲っている庭園に行くことにしました。

色とりどりの花が咲き乱れ、地面は芝生。

頻繁に踏んでもOKな、改良種を使っています。

ところどころに、ベンチや軽いアスレチックが置いてあります。

特にベンチは、見える景色を計算して置かれており、座って景色を見るだけで幸せ気分になれます。

そんな風に思えるようになったのは、やっと文言を実感出来てきた祈りによるものか、院長先生の治療によるものか、どっちもなのか。

いずれにせよ、以前の私なら幸せ気分なんて感じなかったでしょう。

そんなことを考えつつ、円環状の庭園をぐるっと巡回していく。

今日は、人、いるでしょうか。

あ!前方のベンチに病院服―――作務衣みたいなやつで、淡い水色―――を着て、煙草をふかしている男性を発見。薄い金髪のベリーショートはツンツンと上を向いており、青い瞳は半眼で、目つきがあまりよろしくない。

左の腕はギプスで、首から吊っている。右足もギプスだ。

ギプスの中身があるのかないのか―――再生用なのか、治療用なのか―――は分からない。聖気がないし、瘴気も感じないので、人間棟の人だろう。

近づいていきながら、観察していると、男性はくるっとこっちを向いた。

こいこいと手招きされて、あわてて走り寄る

近くに行くと、かなり無精ひげがのびてることに気が付いた。

「はいっ!御用でしょうか?」

「あーメイドさんたちの服装は、千差万別だねえ」

「皆、好きなものを被服科でオーダーしてるんですよ」

「そんなもんがあるのか。まぁ、俺はここの病院着、ラクで気に入ってるから特に要らねぇがよ」

「ふふ、よかったです。………で、何か御用ですか?」

「モク《たばこ》が切れちまってよ。2個貰ってきてくれねぇか。」

「銘柄は、外の世界とは違うんですけど、何がいいですか」

「んー?こだわりはねぇし、嬢ちゃんに任せるわ」

「わかりましたっ、行ってきます」

「おー」

患者用バッジで名前はわかった、人間棟のロレアルさん。

わたしはいそぎ、寮にある購買に向かう。タバコ屋さんなんてあったっけ?

よーく探してみて見つけた。店と店に埋もれたような場所にカウンターがあり、獣人(恐らく猫)のお姉さんが、パイプをふかしている。

「あのう、煙草をいただきたいんですが」

声をかけると

「あらん、可愛いお客様ねぇ。どんなのがお・こ・の・み?」

「なんでもいいって言われているんですが」

「じゃあ、これがお勧めよ。過激なのもあるんだけど、お嬢ちゃんを困らせたくないからねぇ」

と、一本の煙草を取り出すお姉さん。

わたしは、その煙草の匂いを嗅いでみます。

………清涼感がありますが、これ、煙草の葉ではないのでは?

「それはねぇ、薬草煙草。健康にいいのよぉ。人間にお勧めね」

………ロレアルさんの好みかは微妙な気がするけど、銘柄は任されたんだし。

彼の健康を考えると、普通の煙草より、薬草煙草のほうがいいのは間違いない。

「これを二箱下さい」

わたしは、煙草を二箱手に入れた。

急ぎ、ロレアルさんの所に持っていく。

多少走ったとしても、強化人間の私は息も切らさない。

「ロレアルさん、はいっ」

煙草を手渡す

「どれどれ………」

ひと箱あけて、匂いを嗅ぐ。変な顔になった。

「………これ、何?」

「健康促進作用のある、薬草煙草です」

彼は絶望的な顔をした。

「前に頼んだボーイさんは、普通の持ってきたけど」

私は私ですし。

「吸ってみてから文句いって下さい」

彼はしぶしぶ煙草に火をつける。

「なんだこりゃ!ウマいじゃないか!マジでニコチン入ってないのか⁉」

私は「薬草煙草だって言われました」と答える。

「そうかぁ………」

不意に沈んだ雰囲気になってしまったロレアルさんの顔を覗き込む。

彼は涙ぐんでいた。

「俺の星は科学王国ルベリアには属してないが、戦争中でよぅ。戦地で埋葬もされないままひとところに集められて、死んでる同じ部隊の連中がいるんだよ。俺だけが辛うじて生きててな………」

ずきん。私の中の負の遺産が暴れだす。私は必死でそれを押さえこんだ。

「もう、合同だろうが埋葬はされてると思うんだ………」

それでな、と彼は言い淀んでから

「その墓に、この煙草備えてやりたいんだが………できないか?」

私は外出許可に感謝した

「できます。やらせてください」

お墓すら残らなかった、私の仲間たちのかわりに。せめて。

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