第11話 下働き・2
【朝の祈り】
新しい朝を迎えさせてくださった神よ
きょう一日わたしを照らし 導いてください
いつもほがらかに すこやかに過ごせますように
物事がうまくいかないときでもほほえみを忘れず
いつも物事の明るい面を見、最悪のときにも
感謝すべきものがあることを、悟らせてください
自分のしたいことばかりではなく
あなたの望まれることを行い
まわりの人たちのことを考えて生きる喜びを
見いださせてください
リュミエールさんのところに、夜お邪魔してから3週間が経ちました。
わたしは2週間前に、エアリーさんの監視なしで行動する事を許され、忙しくも新鮮な日々を送っている。
祈りの種類も増えた。
朝の祈り、夜の祈り、仕事前の祈り、仕事後の祈り、主の祈り(懺悔の前に祈ります)、病気の人のための祈り。
これらは毎日の祈りとなって、私の新しい習慣になっている
私のトラウマは全く消えることなく、主の祈りを唱えた後は、条件付けされたかのように、自動的に泣いて懺悔してしまう。そして、疲れて眠りにつく。
ちなみに、ここが自分の居場所だと自覚してきたからか、多少時間が空いたところで泣くところまでいかないようになった。苦しみはするけれど。
院長先生の魂から出てから、私自身の力で、少しだけ治せたのだろうか?
もちろんそれは、この病院にいる皆さんあっての事なんだけど。
なので、患者さんの用事を聞きつつ、あちこちを散策したりもできている。
そして、見つけてしまった。―――墓地を。
ここでも治せない人がいるのか―――?
―――いるんだ。ここでも治せない人。それは、どんな人々だろう。
私は、院長先生がいなければどうなっていたんだろう―――。
―――ルカさんに聞きに行こう。
ナースステーションに行くと、ルカさんは奥の机にいた。
他の看護師は、下働きの私が「すみません」と言いながらナースステーションに入ってきても、「どうぞ」とか「誰かにご用事?」とかいいながら咎めもしない。
人間では、こうはいかないだろう、確実に入れて貰えないはずだ………と思う。
ルカさんは書類仕事中だった。それにもかかわらず、私が近づくとルカさんは
「ん?なんだい?困り事かい?」
と、サクッと顔を上げてくれた
「いえ、書類が終わってからでいいです。すみません」
というと
「ははは、これは夜までかかってもも終わらないとも、ほら」
ぱちんと指を鳴らすと、どさどさっと大量の書類が落ちてくる。
「患者さんについてのレポートと、この天使棟の改修工事のための計画書類が主で、後はカルテを見て治療計画…………だね。患者さんに聞き取り調査とかに行かなきゃいけないからね、長いんだよ」
と彼女はウンザリするどころか、にこにこ笑顔のまま言い切った。
「やる事が何もなくて、ただ、手持ち無沙汰なのは嫌いなんだよ。せっかちなのかな?プライベートも、必ず何かしているよ。だから、私が何かしているからといって、話しかけるのを遠慮しないでもらいたい」
なら、遠慮なく話しかけさせてもらおう………なんだか私、すこし図太くなりました?もしかして、私は、もともとこういう性格なのかもしれません。
「あの、お墓、見つけたんです」
「ああ、看護師が持ち回りで管理している、あのお墓だね。どうしたの?」
「あの、ここに連れてこられた人でも、死ぬことはあるんですか?」
ルカさんは迷わず返事した
「そりゃあるとも。ここの機材でも、もう生気が体から抜けるのが止まらない人(魂の生命力も使いつくした時に起きる現象)や、精神的に完全に死を迎えた人だね、その場合は安楽死だ。昔は魂が核まで損傷してるときなんかも手遅れだったけど、それは割と最近院長先生が力を増したおかげで治せるようになった」
「そういう人たちのお墓なんですか、あれは?」
「他にも死ぬまでここで職務を全うした人たちもいるよ。短命種の過ごせる時は短いからね。………今でも当時の同僚たちが花を手向けに行っているよ」
「いつか私も、入るんでしょうか」
そう聞いてみたら
「いや、君は院長先生が必要と判断して、多量の寿命を与えた。その上、今も精進して、上級魔法を学んでいるだろう?きっと長生きして、このブルーの看護師服を着てくれると思っているよ」
そんなこと私にはできません。と、言いたくなったが、ぐっとこらえる。
普通の看護師はただ白い看護師服、ドクターを兼ねる看護師は薄い青の看護師服。
なぜドクターも看護師服なのかは、ここが昔、看護師しかいなかった頃の名残なんだとか。いったいここはいつからあるんだろう。口に出すと
「上級魔法を勉強し始めたなら、天魔歴はわかるね?」
「はい。」
「ここは3代天魔歴初期(おおざっぱに言って3京年前かな)のころから、存在しているそうだよ。最初は院長先生一人だったそうだ。それを、色々な方法を駆使して(詳細は院長先生に聞いてくれたまえ)看護師を各棟10名(特殊棟除く)にまで増やしたそうだよ。下働きは、患者が血液だけでは礼にはならぬ、と自発的に始めたそうだよ、院長先生の許可を得てね。これはまだ、教えて貰ってないかな?ヴァンパイアが訪れたら血も提供している」
ここから先をルカさんは『魔法・念話』で話してくれました。
本当は、ヴァンパイアたちは支援者ではないこと。
この病院は、全て院長先生の力とお心で保たれていること。
ここは院長先生が「仲間の」ヴァンパイアを支援するために作った場所な事。
院長先生の「仲間の」ヴァンパイアは、とても数が少ない事―――。
などと、念話で話し終わり、わたしに「内緒」と囁きます。
いったい私は、こんなことを聞いて大丈夫な立場でしょうか。
最近始めた日記に、王様の耳はロバの耳したいと思います。
まだ、色々と聞きたかったのですが、書類の量を考えて、おいとまします。
棟を出てみれば、あたりはそろそろ夕方。
私は墓場に走りました、そして入口に跪き、死者のための祈りを捧げたのです。
主よ、われらみまかりし者の霊魂のために祈り奉る。
願わくは、そのすべての罪を赦し、
終りなき命の港にいたらしめ給え。
主よ、永遠の安息をかれらに与え、
絶えざる光をかれらの上に照らし給え。
祈願 すべての人の救霊を望み、
罪人に赦しを与え給う主よ
主のあわれみを切に願い奉る。
この後私は、仕事終わりの集合に出たあと、仕事後の祈りと、夜の祈りをしました。
そして主の祈りを唱えて、懺悔をし、泣いて泣いて寝たのです。
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