下働きの章

第9話 私の性能と魔法

 私は魔術の練習中です。

何と悪魔棟から来た看護師の人が―――魔術の達人だそうで―――容赦のかけらもなく私を鍛えていっています。

「よし、俺から教えることはもうない」

 と言われた時は、全身の力が抜けてしまいました。


 ―――70日前―――


 訓練室というものがあるそうで、わたしはそこに行きました。

 先生の予約は、エアリーさんがしてくれています。

 でも、天使が悪魔の教官を選ぶってなんなんですか?


まずは、体内の魔力を増やすことが課題でした。 

 魔力を、体内の魔力回路―――血管の流れのようなもの―――に大目に流すことで、魔力が増えていくのが普通なのだそうです。

 教官―――普段は悪魔棟看護師―――キントリヒさんは

「そうそう、ルベリアから来た割に上達が早いじゃないか!出来なければ、鞭で打っていたものを!残念だが、手ごたえがあって嬉しいぞ!それを繰り返して、魔力の上限を上げていくんだ!」

 テンションの高い人だ。背中まである灰色の髪を三つ編みにしており、目は爛々と輝く赤。病的なまでに白い肌、まだ13~14歳の少女と言ってよさそうな外見である。無論、高位の悪魔なのでとても美しい。

 物騒なことを言いながら、目標の魔力は………といい、魔力球を作り出します。

「これぐらいの魔力球を作れるようになったら、中級悪魔並みだ!ああ、中級天使並もこのくらいだ!」

 よかった、悪魔で例えられたらはモチベーションが低下するところだった。

 悪魔とは戦争で戦った事があるから。

魔法王国フィーウが悪魔召喚をしたらしく、戦場で見たそれは正しく悪魔だった。

「これぐらいの魔力球を作り出せたら、またボクに連絡しておいで。はい。念話の魔術を行使できる指輪だよ」

 私はまだ魔術を覚えてはいないので、指輪が必要になる。

「それじゃあな。早めの再開を祈ってるよ」

 私は彼女を見送ってから、体内の魔力を上げる修行に再度とりかかる。

 今の私は、これしかやる事がない………これをやめたら、わたしはまた悪夢にとりつかれてしまうのだから。

 30日で、私は中級の魔力球を作れるようになった。

 遅いのか早いのか分からないけども。

 魔法の指輪で通信したとき、キントリヒさんが「嘘だろう⁉30日で壁を越えて来る人間なんて聞いた事もない!」

と驚いてくれました。

 30日間ひたすらにこれに集中していましたからね。そういうこともあるかも。

 ちょっとだけ誇らしい気分になったりして。

 キントリヒさんは、すぐに訓練室に来てくれました。

「眠るとき以外、ずっと、訓練をやってました」

 というと

「あの寝そうな訓練を、集中してやったってコトか」

「はい!」

 わたしは微笑を浮かべる。少し壊れていたかもしれない。

「いい表情だ」

 その表情をキントリヒさんは歓迎した。悪魔だからだろう。

「まずは魔術式を読めないとダメだ。書いてある文字が読めるか?」

「読めません」

「ふむ………なら言語球で与える。これは悪魔語だから………天使仕様のものを取って来よう」

キントリヒさんは、図書室に天使語の魔導書を取りに行きました。

その間、私は言語球の受け入れにかかります。

言語球は、対象の脳に強引に言語を刻む鬼畜な魔法です。

 言語球の受け入れは難航しました。ですが私の脳内に勝手に入り込み、知らないはずの言語を、脳内に刻み付けていきます。ああ、頭が痛い。

 曰く、魔法は人間語よりも、天使か悪魔の言語がいいのだと。

 人間語の魔法は、天使語か悪魔語を学べば、同時に分かるようになるから、心配するなと言われた。

 帰ってきたキントリヒさんは、山のような魔導書を持っていた。

もちろん『念動』でだが。

丁度、キントリヒさんが帰ってきたところで、言語球の吸収が終わった。

「天使の魔導書を大量に持ってきたぞ」

 訓練所の真ん中にどさりと置く。

「他に訓練所を使ってる人の迷惑にならないですか?」

「ここの時の流れは人間棟を除いてゆっくりだ。その他の実習生なんぞ、人間ならすぐ死ぬから、魔法とか習得させないから、無視していい」

 あれ………?私は人間ですよね。

 私の心を見抜いたようにキントリヒさんは

「ああ、院長先生に魂を治癒されたものは、魂の寿命が長くなるんだ。お前の場合、元から体の方も強化されていたようだから、壊れたら修理していけば、寿命は無いに等しいぞ」

私はショックを受けました。

 神よ。これは私に科された罰なのでしょうか。私はこのまま、過去に囚われ続けるのでしょうか。

 それとも過去トラウマを乗り越え、立派な女性になれるのでしょうか?

そんな私に一切構わず―――悪魔ですし―――キントリヒさんは

「どのみち、中級とはいえ、魔術を会得する素地ができたんだ。魔法王国フィーウでは、そうやって寿命の底上げをしているようだし」

 知らなかったのか―――と、ちょっと呆れたようなキントリヒさん。

「今知りました―――ショックです。普通の寿命で死ねるものと思っていたので」

「ハッ!それならこんなに念入りな教育は施さないよ。他の不死者もお前を歓迎しているようだし?」

「エアリーさんとかは?」

「お前より寿命は早いだろうな。中級天使で頭打ちだし。お前より素養がないから、これ以上の魔力は伸びないだろう。それにあいつは故郷に帰るつもりらしいしな」

「故郷………天界ですか」

「そうだ、今は戦火に包まれているが。そこで役に立って死にたいんだと」

「戦火………戦争の中」

「ああああああああ!」

「マズイ!落ち着け!『魔術・鎮静化』!」

 私は一瞬にして平静に戻った。

 ぜいぜいと息をつきながら

「エアリーさんは、なぜ………そんなところへ?」

「良くは知らないが、同胞を一人でも多く助けたいんだと」

「そう、ですか」

「腑抜けてるんじゃない!」

 ピシィっという鞭の音で私は我に返りました。彼女キントリヒは、悪魔。

「俺はお前に魔術を教えるためにここにいるんだ!さっさと準備をしろ!」

「はいっ」

 全ての感傷や、色んなものを投げ捨てて私は魔術書に向かいました。

 私に向かって勝手にスーッと寄ってきた魔術書がありました。

 私はそれをつかみ取り、魔術書を開きます。

 そこには下級呪文の群れが並んでいました。


 わたしの魔術習得は、とにかく早いものでした。

 覚えなければ鞭で打つ―――と言い張る悪魔がいるから、ですが。

 でも、その悪魔は分からない所が出てきたら、教えてくれる教師でもあります。

 30日で度々徹夜もして―――基礎魔術と、中級魔術を修めきった私は確かな手ごたえを感じていました。

 あれ、でも、実際に行使した時の感覚が分からないのですが………危険ですよね。

「俺の知る限り、最短で中級魔術を使えるようになったクソッタレに拍手!」

 キントリヒさんが言います

「だが、実習がまだだ!その呪文全部使いこなしてみろ!」

「ここではできないですよね?」

 戦闘呪文もあるからだ。

「当たり前だ」

 と、キントリヒさんは言い放ち、寝袋とかも詰まってるバックパックを私に放ってよこした。泊まり込みで実習をするのだとか。

「林を登り切ったあとに、広大な平地がある。こういう目的で設置されたものだ。ただし、林には一切傷をいれてはいけない。緑化運動の最中とか言ってたかな」

 もともと、草原のようだった丘に、院長先生が最近植林したのだという。

 それはさておき、私たちは丘を登る。途中で湖を見ることもできた。

 丘というか、これは山では………でも、強化人間の体力はそんなもの、ものともしなかったのだけど。


 実習が終わった。

 これに10日かかった。

 覚えた魔術の種類からしてこれはやはり異例の速さだそうだ。

 わたしは魔法王国フィーウに生まれた方が良かったのかな………。

「よし、俺から教えることは、中級ではもうない」

「え?」

 そう言われて、全身の力が抜けてしまいます。

 勝手に涙が溢れて止まらなくなりました。

 無茶な徹夜を続け、夜に泣かなかった分、ここで溢れ出しているようです。

 キントリヒさんは、私が錯乱してないと察したのか、そっと寄り添ってくれます。

『魔術・物質創造』上級の呪文であるそれを、キントリヒさんはいともやすやすと使いこなし、タオルを創造して出し、私に渡してくれました。

 悪魔といえども看護師。優しい方です。

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