第8話 信仰のはじまり③
今回は、目覚まし時計でまともに起きることができました。
昔の人って、どうやって刻限通りに起きていたのでしょうか、不思議です。
修道服に着替え「研修生」の腕章を身に着けます。
カンカン。
おそらくエアリーさんでしょう、ノッカーでノックする音が聞こえます。
………多分昨日の私は、それでも起きなかったから「ドンドン」になったのでしょう。私はドアを開けに向かいました。
「今日は時間通りねぇ。目覚まし時計が仕事してくれたみたいでぇ、よかったよかったぁ………あれ、貴女まだ服を着ただけなのねぇ、他の事もやってしまいなさいな」
あ、しまった。それを見越してもっと早く目覚まし時計をかけておくべきだった。
「すいません、もうちょっと早く起きるようにします」
「いいのよぉ、超新人さんだしねぇ」
超新人て何だろう、と思いながら、昨日貰った櫛で髪を整え、鏡を覗き込みます。
茶色の、肩につくかつかないかの長さの髪、前髪は目にかからない程度にストレート。茶色い瞳。アンバーブラウンとでもいうのでしょうか、蕩けるような茶色が瞳におさまっています。私の唯一の自慢の瞳です。
そして日系人だったので、皮膚は黄みがかっています。
長い事、鏡なんて見ていなかったことを思い出しました。
子捨て星に行く前、自宅で見たのが最後でしょうか。
「お化粧、するべきでしょうか」
「そりゃあやりすぎない程度にぃ、皆やってるからねぇ。私たちが綺麗な方が、患者さんも喜ぶわよぅ」
なら、きょうも購買(商店街)に行くべきでしょう。
ただ、一つ問題があります。
私は、お化粧の仕方を知りません。
「どうしたらいいでしょうか」
「”基本のメイク”と”基本のメイクⅡ”(現実の本、おすすめ)を貰うといいわよぉ。私もお世話になったしねぇ。明日のメイクは手伝ってあげるぅ」
「有難うございます」
といいながら、物入れに、鏡と櫛をしまい込みます。
「さぁ、購買に行きましょう」
わたしたちは、また購買の化粧品売り場に来ていました。
「さぁ、メーカーを選びましょう」
「ホーリー・フェザーは超白肌の天使向けだからぁ、やめた方がいいわぁ」
「このスイート・メイクっていうのはどうでしょう」
「ああ、それなら素直なカラーが揃ってるからお勧めよぅ」
極薄化粧で済ませたいんですが、というと
「だったら「スモール・フェアリー」がお勧めよぉ、素っ気ないブランドだけどぉ最低限のものは置いているわぁ」
貰った方がいいものを、エアリーさんが教えてくれる。
下地、ファンデーション(薄づき)、アイシャドー、マスカラ、リップ、アイライナー。当面これだけで済むという。
レジに通してもらって、鞄の中にしまい込む。
それから、本屋に行き、エアリーさんお勧めの本を貰う。これは、人界から院長先生に仕入れて貰っている人気商品だとか。
女性の患者さんに好評らしい。
「さて、今日は、この吹き抜けを通るわよぅ」
と、エアリーさんが私をかかえて、ばっさばっさと翼をはためかせる。
「よい………しょ」
飛び立てない。
「どぉしよぉ」
「なんだい、どうした。その子を持ち上げて飛べないのかい」
唐突に、ルカさんが現れた
「な、何でここに?」
「これは異なことを。ここは私の職場と購買をつなぐ唯一の通路だよ?今はお昼。お弁当を買いに行っていたにきまっているだろう?」
………なるほど。
「ん~。エアリーが持って上がろうとしていたことから、まだ魔力をうまく使えないと推測するが、どうかな?」
「その通りですぅ。私がつれて上がれば、大丈夫だと思ったんですけどぉ、上手くいかなくて。やっぱり、魔術の訓練を先にした方がいいんでしょうかぁ」
「魔術の訓練は先にした方がいいのは確かだね、せめて飛行、念動、念話までは覚えて貰わないと。だが、先に見ておいた方がいいのは確かだ。このルカが君を2階まで運ぶ術を、教授してあげよう!」
と、にこりと笑う、綺麗すぎる笑顔に、私は思わず照れてしまった。
「
「ひどく疲れますが一応」
「疲れるんじゃ駄目だね。直接運ぼうか」
ルカさんは、私をひょいっと抱き上げて、実にスムーズに飛び立った。
3対の翼が、はためく。
実に軽々と、私は2階に辿り着いていました。
ルカさんの後を追って、エアリーさんもバサバサバサ、と追いかけてきます。
「っと、これでミッションコンプリートだね!降りるときはまた呼んで!」
というと、ルカさんはお弁当を抱えて、休憩室に直行していきました。
わたしはエアリーさんと連れだって、病棟の中を回っていきます。
今、天使と悪魔は、患者数多いので、皆、個室で大丈夫かギリギリだそうです。
天使は皆仲が良いので、よく他の部屋へ遊びに行ける方が遊びに行っているそうですが。噂をすれば影。一つの扉が開いて天使が一人出てきました。
彼は片腕と片足がなく、車椅子の扱いに苦慮しているようです。
(さぁ、彼の所に行って、車椅子を運転してあげるんですよぉ)
エルシーさんの言葉に従って、彼に声を掛けます、車椅子の後部に名前が書かれていたので、それを呼びます
「ダンさん」
ぷうっと、彼は吹き出しました。私を見て
「研修生か、なるほどなるほど………そりゃあ、そう思うよねぇ」
何なんでしょうか?
「ダンっていうのは、この車椅子の名前だよ」
えええ―――⁉
「すっ、すいません、わたしてっきり………」
「君、人間だね。分からなくても仕方ないよ。天使は長く愛用するものに、名前を付けることが多いんだよ」
「そうだったんですね。すみませんでした。あのぉ、貴方のお名前は………?」
「リュミエール。「光」を意味する名前さ。天界では平均的な名前だよ」
「私はリリジェン、研修生です。できたら、貴方を目的地まで送って行きたいのですが、私で大丈夫でしょうか?」
「平らな場所で車椅子を押すの、は経験なくても大丈夫だと思うから任せるよ。「琥珀の部屋」に行きたいんだ」
わたしが戸惑っていると、リュミエールさんは
「部屋にも番号と名前があるんだよ。「琥珀」はあそこだね」
と、無事な方の細い指で、端の方の部屋を指し示した。
「今日はあそこでチェスをする約束でねぇ。連れて行ってくれるかな?」
「はいっ、もちろん」
車椅子の操作は簡単だった。他にも色々操作のしかたががあるらしいのだが、それは訓練で身につけよう。
私は、彼をお友達の部屋に送り届けた。
「いらっしゃい。待ってたよ。彼をこっちに運んでくれたメイドのお嬢さんも、ジュースぐらい飲んでいくといい」
そういった彼の翼はボロボロだった。しかも、右腕以外全部ギプスだ。
はい、とぶどうジュースを器用に冷蔵庫から取り出す彼。
受け取りながら
「お名前、お聞きしてもいいですか?」
「研修生は可愛いなぁ。みんな何故か名前を知ってるのに、聞いてくる。うん、可愛いよ」
「嬉しくないんですが………」
「君は可愛いってことさ」
キメ顔のつもりなのでしょうが、ギプスで台無しです。
「俺はキラケル。長期入院になるって言われてるから、君ともまた会うかもね」
わたしは退室し………おなかが空いていることに気付きました。
「エアリーさん」
現状を訴えてみると、
「購買にお弁当貰いに行こう~とのこと」
林を抜けて、湖が望めるところまで行くと、最高の眺望なので、そこで食べよう、どうせ案内しなくちゃいけなかったから―――と。
わたしは、見たこともない絶景に心をふるわせていました。
盆地になっている、広い水色の湖。群青色とかではなく、本当に水色なのです。
それを林から見下ろす絶景よ。
わたしはご飯を食べながら―――そういえば、いつぶりに人間らしい食事をしたのでしょうか。その絶景を見下ろしていました。
「エアリーさん」
「なあにぃ?」
「私、魔法を先に覚えることにします。皆さん当たり前のように使ってらっしゃるので、危機感を覚えます」
「んー、それも一つの選択ねぇ。じゃあ、私じゃなくて別の奴を寄越すよ。………大丈夫、その人が済んだら、また私に戻るからぁ」
そう聞いて私はホッとしました。
この日も、実感のない祈りと、泣き続けの懺悔で一日の幕を閉じました。
天におられるわたしたちの主よ
み名が聖とされますように
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように
わたしたちの日ごとの糧を今日も お与えください
わたしたちの罪をおゆるしください
わたしたちも人をゆるします
わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。
でも、わたしはここで働く準備に、満足していました。
そういう意味ではこの祈りは、実感を伴ってきたように思います。
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