ウソとマカロン
有城もと
本文
――ねえ、エミリ。
入学式。自分の座るはずの場所に、着ぐるみが座っている。視力があまり良くない私にはそう見えるくらい、エミリの身体は大きかった。
「あ、そこ私の席……」
「えっ、あ、ほんまやごめん! 一個ずれてた! ごめん!」
大きな声と身振りで驚くと、彼女は荷物を抱え、汗で張り付いた前髪を手櫛で直し、揺れる隣の席に一声かけつつ、私に何度も謝りながらも自己紹介をして、正しい座席にお尻を押し込んだ。そんなに慌てなくても、いいのに。
息を切らせ真っ赤な頬で笑う、柔らかそうな顔。友達になれそう。そう直感した。
予感通り、エミリとの学生生活は本当に楽しかった。本当に、本当に。
同じ授業を取り、同じゼミに入り、時には一緒にサボって買い物をして、休みになれば彼女お勧めのカフェ巡りをした。入学前の不安なんていつの間にか消えていた。口下手で人付き合いが得意じゃない私にとって、エミリの存在は毎日ベッドから起き上がる理由の一つになっていた。
エミリはとてもお喋りが好きだった。「ユマちゃん、ちょい聞いて」が、彼女の口癖。これが出ると、その後の私は大抵身体をくの字にして呼吸困難になった。電車であった変なおじさんの話、ポンコツで愛くるしい彼氏の話、自分の家族や幼馴染、中高時代の話。えびす橋に居た風俗スカウトの話は今思い出しても堪えられないくらいお気に入り。
どの話も平凡な私では一生巡り会えそうにない、愉快すぎるエピソードだった。明日はどんな面白い話を聞かせてくれるのかな。毎日そう思っていた。それなのに、あれは忘れもしない一年前。バレンタインだった。
パステルカラーが可愛いマカロンの写真をみた瞬間、どくりと耳の奥が鳴った。作りかけのスノーボールをトレーに放って、小指で画面をスライドした。「今年も作るの苦労したわ」吹き出しが上へと流れていった。
私は、その写真を知っていた。左右を反転してあるだけで、有名なアカウントが投稿していた画像と、全く同じだったから。「エミリ、なんで」つうっと背骨に冷えた水が流れて頭の中に隠れていた不気味な糸が繋がっていった。そこからは、確認作業だった。
写真を遡って、類似画像を検索する。彼と行ったというクリスマスディナーに、地元で見たという花火大会。ブティックの紙袋。ステーキ。お寿司。パフェ。去年のバレンタイン。
おじさんの話もスカウトの話も見つけた。ほぼ、全部だった。
全部、ネットの何処かに落ちていた、エミリではない誰かの記憶だった。
最初こそ驚いたけれど、一つまた一つと見つけていくうちに、不思議と私は自分でも驚くほど落ち着いていった。何かがぴたりとはまった気すらしていた。それ以降、学校で顔を合わせても、普通に出来た。いつも通り、彼女の話にお腹を抱えて笑った。
ただ、分からないだけだった。なぜ彼女がウソをついたのか。何度も、何年も、ずっと。
私はエミリが好きだった。いつも笑っていて、面白くて、身体は大きいくせに少食で、私よりもずっと可愛い服を着ているエミリ。色んなお店を知っていて、女子大生がよく似合う。それなのに、私なんかと一緒に居て、私なんかをたくさん褒めてくれる。初めて親友と呼べたかもしれない、エミリ。
「そこ、私の席やで」顔を上げると袴姿のエミリが口を尖らせている。「あ、ごめん!」「入学式と逆やん」と、私達は入れ替わり並んで座った。会場はまだまばらだった。
「全然卒業って感じせぇへんな」
「ほんとそう、もう既に袴脱ぎたい」
「わかる! 着付けの人、締め方やばすぎて拷問か思った」二人の笑い声が響く。変わらない光景。
暫くそんな調子で話したあと「卒業したくないなぁ」とエミリが静かに呟いた。声の調子はワントーン低いのに、ざわつき初めた会場の中で彼女の声だけが聞こえる。
「ユマちゃんと学校に居る時間、めっちゃ好きやった」前を向いたまま話す。私も黙って、ただ前を見る。
「うち、こんなんやから友達出来るかめっちゃ不安やってん」声が揺れている。
「……卒業まで一緒に居てくれて、ありがとう」鼻の奥が、ツンとする。
なんとなく、分かった気がした。同じだっただけなんだ、エミリも、私も。
式が始まるまであと十分。友達を作るには、少し短いかな。
「ねえ、エミリ。私、ほんとはね――――」
ウソとマカロン 有城もと @arishiromoto
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