第11話:国王様職権乱用
城に戻ってようやく少しは休める、とそう思った矢先に景信は女騎士達から猛烈に絡まれた。
まだ入隊したばかりの新兵なのだろう。どこか初々しさが残る面構えではあるが、彼女らの瞳の奥底には強い覚悟と決意が宿っている。
きっとこの娘達は将来、良い意味で化けるに違いない……ところで、と景信はある疑問に直面した。
「あ、あの!
「えぇ、そうですよ。ですが私のことは様付けではなく普通に呼んでいただけると……どうもそう呼ばれるのは慣れないものでして」
「う、噂通り謙虚な殿方……はぁ~もっと早くにお逢いしていればなぁ」
「景信様とこうしてお会いできたこと、光栄に思います!」
「あはは、ありがとうございます――ところで……」
きゃあきゃあと黄色い声をあげて喜ぶ女騎士達。
慕われるのは、気恥ずかしさこそあるが悪い気はしない。
だが、如何せん距離が遠くないだろうか……彼女らとは六尺分(およそ1.8m)も距離が空いていて、もっと近くで話せばよいものを何故わざわざそんな遠くから、と景信が間合いを詰めようとすれば自発的に距離を取られる。
あからさまに避けられているような気がしてならないし、逢えて光栄だといわれてもいまいち説得力がない。
本当に光栄と思っているのか……訝し気な眼差しで景信は女騎士達を見やる。
目と目が合う。それだけでまたしてもきゃあきゃあと騒いで「今のは私を見てくれた!」などと口にしている辺り、嫌われてはないらしい。
ならば余計にこの距離感がわからない。
どうして六尺も距離を取るのやら……景信はたまらず彼女らへ尋ねた。
「そんなに遠くだと大声を出さないといけないから疲れるでしょう。もっとこっちに来てもらった方が、私としても助かるんですけどね」
そういった直後、それまでお祭り騒ぎだった女騎士達が一斉に口を閉ざす。
かと思いきや、互いの顔を見合わせて「こ、この場合どうするの……?」などと口々にひそひそと相談し出す始末。
ますます訳がわからず、景信はひとまず女騎士達の行動を見守った。
しばらくして、一人の女騎士がおずおずと口を開く。
「その、実はフレイン様からのお達しなんです」
「フレインからの?」
女騎士の言葉に景信は眉をしかめる。
その内容を聞いて、あまりの身勝手さには景信も呆れざるを得なかった。
――その1:景信に気軽に触れてはならない。
――その2:景信に告白などをしてはならない。
――その3:日常的な会話であればその2は適用されないが、最低2mは離れること。
――その4:上記の決まりを罰した者は猶予無しで死刑に処す。
――これが配下全員に通達された、らしい。
「何を考えてるんだ、あの女王様は……」
いささか、どころの話ではない。
己の権力を私利私欲のために乱用した者の末路は決まって悲惨なものだ。
このままだと、かつてのように内乱が起こりかねない……かつての惨状を危惧して、景信はすぐにその場から走り去った。
向かう先は客室ではなく、この元凶がいる玉座の間へ。
「フレインいるか!?」
「ど、どうしたのだ我の景信よ! そんなに怖い顔をして!」
荒々しく扉を開放した先、この登場を予期していなかったフレインが驚いた様子で目を丸くしていた。
それは傍らで控えていたクアルド、キャロ、ラニア達も同じく。
全員いるのならちょうどいい……きれいな目をぱちくりとさせている彼女らに、景信はすぐに本題へと入る。
「フレイン他の女騎士から聞いたぞ。なんなあのふざけた命令は」
「何を言う。これは景信、貴殿を護るための配慮でもあるのだぞ?」
「はぁ? あの命令のどこに俺を護る要素があるっていうんだ? 嘘を吐くのならもう少しまともな――」
「では景信様、こちらをご覧ください」
不意にラニアが小さな小瓶を差し出した。
心なしか無表情であるのに、不動明王よろしく憤怒の
現状に思考の処理が追い付かぬまま、景信は差し出された小瓶をまじまじと見やる。
装飾品のように中々に
しかし、肝心の用途について景信はわからない。
結局、これがなんなのかは彼女らに尋ねる他ない。
ただこの時、なんとなくながらも景信は嫌な予感がしていた。
「それは今巷で流行っている惚れ薬です」
「惚れ薬?」
「ダストラヴァー……服用した者の精神を特定の者に好意を抱くようにする危険な代物だ。自分にとっての都合のよい操り人形に変えるといっても過言ではあるまい」
「その、ダストラヴァーがどうかしたのか?」
「そのダストラヴァーは我が兵士が所持していた。あろうことかその者は今日の夕食……景信が食す料理への混入を図ろうとしたのだ……!」
ぎりぃっと歯を食いしばるフレインを見る限り、相当お怒りであるらしい。
結婚しようとしている相手を、よもや薬で奪われようとしたのだから無理もないといえば、まぁ無理もないかもしれないが……。
それはラニア達も同じだったようで、凄まじい4つの殺気がこの玉座の間を瞬く間に包み込んだ。そしてドロドロと混ざりに混ざった濃厚な殺気を直に浴びている景信としては、大変居心地が悪いものだった。
「あ~……とにかく、俺のためを思ってやってくれたんなら俺の方からは何もない。とりあえず、ありがとうとだけ言っておくわ」
「うむ! 我々は夫婦なのだからな、夫を支えるのは当然であろう!」
「いやだからまだ結婚してないって……――しっかし、そんな末恐ろしい薬が出回ってるんだな」
「我々としても現在調査中だ。見つけ次第即座にこの危険な代物はこの世から根絶せねばならん」
「違いない」
操り人形に変えるなど、もはや
相手が既婚者などであれば、それこそ争いはまず避けられまい。
そうなることこそ、この薬の開発者が望むシナリオやもしれぬ……いずれも警戒する必要がありそうだ。既にこの件について意見を述べ合うフレイン達に、景信も1人そう気を引き締める。
ふと、ちょっとした疑問と興味が湧いてでた。
それは特に深い意味などなくて、単なる好奇心からくるもの。
「フレイン達はそのダストラヴァーを使ったりは――」
「するわけがないだろう景信よ」
「景信さんひどいです。私達がそんなことをするように見えますか?」
「今のさすがにちょ~っとカチンときちゃったわね」
「景信様……」
「わ、悪かった。お前らがそんなことをするような奴じゃないのは知ってるから。ちょっとしたおふざけってやつだ……」
輝きが失せた黒き4対の眼に、景信はたじろぐ。
彼女らの逆鱗に触れたのは明白なので、ここは素直に謝罪する。
親しき中にも礼儀あり……今回は己が悪い。景信は自らを叱責した。
「だいたい我々がそのような外法を用いるはずがなかろうに。愛する男は実力で堕としてこそ意味がある。だが、そうだな――もしもこのまま貴殿が我らをまたフッたなら、その時は何かの拍子でつい誤って使ってしまうかもしれないなぁ……?」
「……ッ!」
「……ふふっ、冗談だ景信。先程の仕返しだ」
「そ、そうか。驚かさないでくれよフレイン……」
果たして、本当に冗談だったのだろうか……フレインは冗談を口にするような性格ではない。
その事実が余計に、さっきの言葉が冗談で片付けられずにいる。
クスクスと笑う4人が、何か恐ろしいものに見えてならない……景信は引きつった笑みを返すのが精いっぱいだった。
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