第二章:女王達からの重すぎる愛

第4話:能面女騎士からの圧がまぁすごい

 今の心境を語るならば、まるで捕虜のよう。

 本当に捕まったわけではないし、与えられた部屋も豪勢の一言に尽きる。

 作りが故郷と異なるのはこの際気にしないとして、黄金やら宝石やらで装飾された家具などがどうも落ち着かない。

 どうせならもっと質素でもよかったのに……そうさりげなくお願いしてみたものの、笑顔と共に却下されて景信は渋々この客室を使用している。



「しかし、本当に参ったなこりゃ……」



 【オルトリンデ王国】もフレイン達も無事だった。

 そうとわかったのなら、長居する道理もないので景信としては帰国するつもりでいた。

 国王にも君たちの夫にもならない――そう彼女らに言及したのにこうして現在はほぼ軟禁状態に近しい扱いを受けている。

 いくらなんでも酷すぎるのではないか、過去の恩を仇で返すとまではいわずとも戦友であると思っていた相手からこのような扱いをされて景信としては大変遺憾であった。


 1か月……それがフレイン達が提示した、景信の滞在期間である。

 1か月内で必ず惚れさせる、とそう豪語する彼女らが果たしてどのような手段を講じるのやら……フレインをはじめとする面々が恋愛に疎い、とそう思っていただけに景信は胸中に渦巻く不安に小さな溜息を吐いた。



「――、失礼します景信様」



 こんこん、と丁寧なノックが室内に反響した後扉がゆっくりと開かれる。

 入室者であるラニアに警戒する景信だったが、彼女の手にあるそれに警戒心はすぐに緩和される。

 随分と激しい戦闘があったのだろう。


 彼女の愛剣……もとい、愛刀のラズルシェガルの刀身はかなり刃毀れしていた。

 ラズルシェガル……この国の言葉だと、“くだき丸”の名を持つ。

 一見するとすらりと細く華奢な腕からは想像もつかないラニアの膂力りょりょくに並大抵の武器では一回で呆気なく壊れてしまう。

 ラズルシェガルはそんなラニアにと景信が打った一振りだ。


 原型はまだ当時と同じままなのは、鍛冶師としての自信にも繋がる。

 だが刀身については、もはや本来の機能は発揮できまい。

 現役の鍛冶師として、どうしてこんなになるまで放置していたのかとラニアを叱責したい気持ちだが生真面目な彼女のことだ。

 何か相応の理由があるのだろう。景信はそう思った。



「随分とボロボロだな。俺以外の鍛冶師に研いでもらえばよかったんじゃないのか?」

「それはできません。この剣……ラズルシェガルは景信様がわたくしのために打ってくださった大切なものです。それを他の方に触れさせるなんて、どうしてできましょうか」

「いや、そこまで大切に扱ってもらってくれるのは俺としても嬉しいっちゃ嬉しいんだがなぁ」



 葦原國あしはらのくにが誇る大和刀は今、各国から高い注目を集めているとさる行商人は言う。その者曰く、よく斬れて、決して曲がらず、絶対に折れない――この三代名詞が揃った武器が近年高く売れている。

 その立役者がよもや自分だったとは……確かに、最初こそ「そんな枝みたいに細っちょろい剣で敵を斬れるもんか」とグズタフをはじめとする多くの輩から揶揄されていた。

 馬鹿にされたからには証明してやらねば気が済まず、その手始めに斬った相手がドラゴンだったのがいい宣伝材料となったのだろう――当時の己を顧みても、あまりに無謀すぎることをしてしまったものだ。景信は自嘲気味に笑う。


 ラニアが大和刀に惹かれたのも多分、この辺りからだった。

 どうか自分に見合う剣を打ってほしい――彼女の怪力乱神に耐えうるほどの刀を、景信は打った。その結果彼女にしか扱えないラズルシェガルができた。

 打った自分でさえも、あまりの重さに手こずるというのにこの娘はまるで羽根の如く、ひょいひょいと軽々と操るから、景信も驚きを隠せない。

 さすが国王の近衛兵長を務めるだけはある、といったところか。

 ラニアへの感心もそこそこに、さて――景信は改めてラズルシェガルを見やる。



「う~ん、これはかなり痛んでいるな。ここまで酷いと打ち直してやる必要があるぞ」

「やはりそうですか……」

「それに、ただ打ち直すだけじゃ不完全だな。こいつ……ラズルシェガルと同等の素材がいる」

「では、今からフォーン坑道へ」

「そうだな。そこで材料を調達するのがまず必要だろう。ちなみに――」

「ありません」

「……まだ何も言ってないぞ」

「この城の備蓄をお尋ねされたと思い答えさせていただきました」

「そ、そうか。なら早速――」

「了解しました、このラニアが護衛を務めさせていただきます」

「いやだから、まだ言ってる最中なんだが!?」



 ラニアからの圧がとてつもなく凄まじい。

 表情は案の定というべきか、以前なんら変わりない。

 ただ眼力にかかる圧力がすごい。

 冷たくて鋭い眼光なんかはまるで猛禽類のようでさえあった。


 結果論でいうと景信はラニアからの申し出を、最初からありがたく受け入れるつもりでいる。

 かつて訪れたことのある地、といっても3年という月日で記憶の方も実に曖昧あいまいだ。

 付け加えるなら、ラニアほどの武人が同行してくれるのはこちらとしても大変心強い。

 それ以前に軟禁している男に単独行動を彼女らが許可するとは、景信は到底思えなかった。



「それではわたくしはすぐに出発の準備を整えます。景信様は城門の方にてお待ちください」

「わかった」

「あぁ、それからですが」

「どうかしたか?」

「いえ、大丈夫とは思いますが念には念を入れて――景信様、決してお一人で行動なさらぬよう気を付けてくださいね?」

「――、ッ!」



 全身の肌がぞくりと粟立った。

 先のラニアから放たれたのは紛れもない殺気。

 まるで鋭利な刃を喉元に突き付けられたかのような悪寒が全身をザッと駆け巡り、心の臓を握られたかのような圧迫感が景信の胸中を締め付ける。


 久しぶりに思い出した。

 蒼き絶氷の騎士姫――この異名は彼女の能力ちからのみを示すものではない。

 真意はこの殺気そのものにある。

 常人であれば瞬で卒倒するほどの冷たく、鋭利で、禍々しい殺気こそ彼女の異名の由縁なのだ。



「それではお先に失礼します」

「お、おぉ……わかった。俺もすぐに、いく」



 かつて味方だった者から向けられる殺気は、いやはや相当に堪える。

 すぐに殺気を収めて歩き去っていくラニアの背を、景信は静かに見送る。

 その顔にはじんわりと冷や汗が滲み出ていた。

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