可変種の一族 

Judo master

第1話 出会ってしまった

 今の僕の定位置は、フジさんの胸の上だ。たまに谷間に挟まり込むことがあるが、それも悪くない。ペンダントヘッドなのだからセクハラじゃない。フジさんこと、藤野和布刈はベテラン声優である。アニメの男の子のヒーロー役から、映画のカッコいいヒロインまでその活躍範囲は幅広く、今ではおばあさんの声も演じている。使い捨てのように次から次に新しいタレント声優が輝いては、消費され、燃え尽きて消える中にあって芸歴35年はレジェンドクラスなのだが、デビューが11歳なので、まだ46歳である。声優事務所の公式プロフィールで39歳となっているのは、彼女の中では、時間が眉村卓の小説のように40歳の誕生日前日の23時59分から時計が進まないと心に決めたのだろう。


 フジさんと僕の出会いは、二年前で、僕みたいな存在を難なく受け入れてくれた。ファンタジー物語の世界では随分昔から描かれているらしい。はるか遠き昔にこの星に降ってきたから、僕は同胞には会ったことがないので僕の存在が空想の産物とはいえ、この世界で認知されていることにビックリした。存在しているのだから人間との付き合いもあったが、知能限界のあった時代の人たちから見れば、神であり悪魔であり、妖の類としていろんな名前をもらった。だから、僕の能力がアニメやドラマや映画で不正確ながらも描かれていることには強い興味を持った。


 ある空の散歩には気持ちよかった朝のこと、僕は燕に擬態しながら飛んでいるとトンビが領空侵犯と勘違いし襲ってきた。トンビが襲う気が失せるような鷹とか鷲になっていればよかったと後悔したが、とりあえず逃げることにしたが、腹が減ってイラついているのか妙にしつこく追い回してきた。慌てて逃げ込んだ家の庭でフジさんが木刀の素振りをしていた。次の役柄が剣士でその役作りだ。その木刀の振り下ろした先に落ちてしまった僕は、地面に落ちショックと木刀が振り下ろされた瞬間の風切り音に、恐怖から咄嗟に猫へ姿を変えて身をかわした。

刀を寸止めしていたフジさんは、一瞬だけ驚いたが、

すぐに、

 「あんたロデムだね。ロデムって本当にこの世にいるんだね。

  茶でも入れるから、鳩でも猫でも黒豹でもいいから家の中に

  上がりな!できるんだったら人間になってよ。

  茶、飲むんだし、猫舌じゃ無理だろ!」


 抵抗できない雰囲気のまま、ついさっき見かけた少年に姿を変え

座っていると、フジさんは、大笑いしながら、


「まさか、うちの甥っ子に化けるとは、いい度胸だね。」


僕は、偶然と言う釈明を繰り返して恐縮した。フジさんが振る舞ってくれたお茶はすごく美味しかった。正確にはとても美味しい香りだった。長生きしているので、いろんなことは知っている。飲食は必要ないので、食べるふりや飲むふりはしても、それを愉しむということはなかった。


だから、僕に香りを感知する能力が進化して身についていたことは驚きだった。あと100年も生きれば、味を感じる能力がつけば嬉しい。僕は同様に衣も住には困らない。服は全て合成で姿を変えられるし、住む場所は擬態次第でどこでも入れる。ある時など、美術品の彫刻に化けて寝ていたら、知らない土地の大きな博物館に送られていたこともあった。どの土地に自ら行こうと、何かのトラブルで連れて行かれようとも困ることはなかった。


僕には人の心を読み取り、それを模倣する力があるようだった。分かりやすく言えば、知らない土地の未知の言語を話す人からその言語能力さえも模倣しコミュニケーションが取れる力である。後にフジさんが出演しているアニメで、この能力を持ったスライムという存在を学んだが、不幸にしてこのスライムにはまだ出会っていない。会えれば、意気投合しそうな気がするのだ。


 「まず、名前教えてよ、偽名でもいいから、

  それともロデムにしとく?」


 フジさんが聞いて来たので、


 「偽名は嫌なので、昔、使っていた名前の一つを言います。

  プロメテウスです。」


 フジさんは、やや呆気に取られたかのように、最初は驚きを、やがて

笑みを浮かべて、

「あんた古代の神だったの?」と言った。


この反応は、実は慣れている。図書館の本で、何冊も自分のことを

書いている書物や文献を読んだことがあった。一人はプロメテウス。

本によるといい奴らしい。もう一人は、ロキ、何を読んでも、ロキは

最悪な野郎みたい。片方は人間のためにゼウスに逆らった英雄、

片方はオーディンを裏切り、ソーを窮地に追い込む悪党。


 幸いなことに、僕はゼウスにもオーディンにもソーにも会ったことないが、この二つの由来となった土地で長らく過ごしていたことがあったので、僕がやったことは、ある時には人々が喜びのあまり英雄譚として神格化されたり、ある権力の座に座る人たちからすれば、自分達に都合の悪いことを隠すため汚名を与える必要があったのだ。


今回に場合、フジさんならロキと答えてもよかったのだが、悪印象を持たれたくなかったのでプロメテウスを選択した。


「神様名は言いにくいね、そうさね、トリックちゃんはどうだい?」


「マジシャンではなく、トリックですか?」


僕は聞き返してしまった。

「プロメテウスもロキもトリックスターだからね、これが呼びやすいね、

 決まりだね、でもフルは長ったらしいから、

 トリックちゃんで行こうよ。」


 ここから僕トリックとフジさんの奇妙な生活が始まった。


  後々、フジさんから見せてもらった僕らしきキャラクターたちは興味深かった。超能力少年の仲間ロデムは黒豹キャラ、アメリカの近未来ドラマでは、ドミニオンに属する流動体生命、でもムカついたのは、ウィンチェスター兄弟に簡単にやられる奴とか、ターミネーターにやられた奴、弱い奴も許せんが、あの兄弟とターミネーターにあったら本物の実力を見せてやると少し興奮してしまった。


 膨大なマンガ、アニメ、ドラマ、映画を観て僕はフジさんと暮らす前には思いもつかなかった能力を開花させた。ただ世界を放浪し、最近では人間とに関わりを極力避けて生きているだけでは決して見ることさえもできないものを作品を通じて、しかも解説付きで学べた。おそらくは、フジさんだから、僕は素直に学べたのかもしれない。僕の能力を明かしておくと、基本、僕は直接見たり触れたりしたものへ擬態できる。その身体能力、思考傾向、知性知能まで完コピである。でも映画を観てもスーパーマンにはなれないし、マンガを読んでも、ラオウにはなれない。実体なきものに擬態はできない。でも、フジさんがいれば、制限時間付きながら、

この能力を発動できる。


 ある日、フジさんに付き添って、正確にはフジさんの大きな胸の膨らみに挟まって、アフレコ会場に行った。フジサンによると若い頃の作品のリメイク話があって、本決まりではないがパイロット版的に声を当ててみるという話だった。僕にも不思議な体験だったが、フジさんの胸の上で寝ていると、会ったことない美少女戦士が一瞬だが、僕の思考に入ってきた。その夜、その美少女が僕の思考に現れて、気が付いたらが再びフジさんが二十年前に演じたエメラルドクィーンの姿に変化していた。フジさんが昼間の仕事の復習を自宅のレッスン場で繰り返していた時のことだった。練習場に現れた、僕、姿はエメラルドなんだが、それを観たフジさんが、驚きというより興奮しながら、


「実物は、こんなに色気のある可愛い女の子だったんだね。

 ねぇ、エメラルドクロス投げて見てよ。」と僕に言ったが、

何を言っているか全く分からなかった。

しかし、フジさんがユニークな決め台詞を口にすると

僕の身体が支配権を奪われているかのように勝手に動いていた。


 「グリーンの制裁、エメラルドー、クロース!」


 すると、緑色の閃光が胸の前で手をクロスした部分から放たれ、

フジさんの弓道練習用巻藁を粉々に粉砕した。


 もちろん、僕にはこんな異能はない。光線なんて出したことない。

  フジさんは何事もなかったかのように、言い放つ。


 「いまいち威力が足りんな!合宿して訓練するぞ!」


  フジさんは、バツイチである。元の旦那さんも声優会のレジェンドで数多くのキャラクターを演じてきた。その旦那さんと結婚したキッカケが作品内の恋人同士の役になったことで、二十年続いた結婚生活を終わらせたのが、フジさん演じるヒロインの仲間を惨殺した悪辣非道なキャラを旦那さんが演じたことキッカケだった。あくまで、ストーリー上のことなのに、フジさんは、夫が生涯許せないとその時思ったらしい。言うなれば、フジさんは憑依型の声優である。従って、役作りは徹底している。二ヶ月後から始まる剣豪の役作に、元旦那から慰謝料代わりにもらった長野県の高地別荘に籠る準備をしていた。近所の迷惑とは無縁の広大な敷地と広がる景色、その景色には不似合いなものが敷地内には多くあった。


  昔、ヨーロッパ線線で見たことある塹壕や、人型の弓の的、どう考えても木刀や刀では粉砕できないような刀傷のついた大岩。そこで、一日の半分はフジさんの剣豪修行、半分が、フジさんの脳内キャラの再現練習と技の確認。

 

  二ヶ月後、フジさんは現代の侍と言ってもいいような剣技を身につけていた。僕は、侍の時代には日本には住んでいなかったが、古くから見てきた西洋の騎士や剣士とガチな死合いの決闘をしても負けないのではないかという取らレベルになった。もう一つは、フジさんの頭の中にある無数のキャラを数秒のうちに再現し、まるで蒸着のようにフジさんの体に纏わせることができるようになった。つまり、僕はまるでモビルスーツのようにフジさんの命じるがままに活動するのだ。


  合宿訓練の甲斐もありフジさんのキャラ技は90%取得できた。できなかったものは習得できなかったのではなく、練習できなかった技が多くあった。その一つが惑星破壊。原作アニメでは星々を粉々に破壊する残虐な宇宙魔女クエーサーを演じていたが、それが憑依したフジさんは、満月を吹っ飛ばそうとして、僕が強制解除させてもらった。僕の体からそんなは波動砲めいた光線が出せるとは思っていないが、もし、出せたらと考えると、普段は冷静な僕に畏怖の感情が少し芽生えた。


  もう一つが、死者蘇生魔術と人体錬成魔術。日本の墓は基本、火葬で骨しか埋まっていない。従って、欧米的なゾンビは存在しないが、フジさんは太古の魔術師エミュレットになりきり、近くの霊園に行って粉々の骨を再構成、次に受肉させ、最後の蘇らせる儀式を始めた。成功するとわかっていた僕は、強制離脱。人間は一体も再生させることはなかった。


  実は、肉体錬成と死者蘇生の術はすでに成功していた。霊園に行く数日前、別荘内のハズレにある納骨堂に行き、エミュレットは、猫の骨を再構成し、受肉させ、美しい茶トラと呼ばれる猫を蘇らせた。猫の名前はムギ。ことの重大さに気づいた僕は強制離脱しようとしたが、この蘇生術があまりにも瞬時に進んでしまい防げなかった。フジさんは、代表キャラフレイムエンジェルへ変身して、もし、ペットセメタリーだったら冥土へ送り返すからと僕には意味不明のことを言って、火炎弾の準備をしていた。


でも、心を読める僕から見ても、この時には普通に可愛らしい猫が睡眠から目覚めただけにしか見えなかった。


 僕が普通のモビルスーツと違う点は、生きているスーツということだ。残念ながら活動限界があり30分がリミットである。もちろん、世界は未だに戦乱で満ちている。本意ではないが、そんな数々の紛争や戦争に古来より巻き込まれてきた。弱点が一つしかない、ほぼ不死の僕は戦いを必要としない。


  でも、僕に関わってきた人たちを守るため、不本意ながら人間の命を奪ったことも少なくはない。しかし、まるで世界には何の戦乱もなく、まるで自分たちが平和を掲げれば、世界の全ての国が自分の国も自分たちも愛してくれるかのような慢性平和ボケ症候群の日本においては、たとえファンタジーワールズの住人とはいえ、声優にとってもこんな戦闘能力とチートなスキルは不要なものであることは間違いなかった。日本は本日も平和を謳歌している。僕はこの時、気づいていなかった。むしろ平和ボケになっていたのは僕自身であった。このことをまもなく痛感することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る