第四十三話 ジュノ編 ~村の広場にて~

 リューザは現在、ブレダとともに村の広場の端にある岩に腰を掛けて、討伐隊のメンバーが揃うのを待っている最中だった。 

 

「ふわぁぁぁ~~~」


 朝の陽気に触れてリューザは思わずあくびを出してしまう。するとブレダがすぐさま、そんなリューザを窘める。


「何よアンタ。緊張感ないわね」


「仕方ないですよ。ぼくだって緊張して昨日はあまり眠れませんでしたから」


 リューザたちと同じく、少し早く集まっていたクレルが口をはさむ。


「そういえば、サーフェナさんはまだ来ていないんだね」


「はい。万全の体調で臨むためにぎりぎりまで休んでいるんです。今頃は準備を終えて家にいますよ」


 凛々しく答えるクレルに、ブレダは疑問を投げかける。


「サーフェナさんって病気がちだって聞いたけど、ちゃんと戦えるのかしら?」


 すると、クレルはぎこちない様子で話し始める。


「お姉ちゃんの病は"脈流"の欠乏によるものなんです。本来なら人間は魔術と関りを持たずとも不自由なく生活ができるはずなのですが、稀に"魔術師"の子として生まれる人間の中には強制的に"魔術"との関りを持たなくては生きていけない者が存在するんです。お姉ちゃんもその一人なんです。"脈流"さえあれば病の症状を押さえられるのですが、この村の周辺は"脈流"がほとんど流れていないので、ああして寝たきりの生活を余儀なくされているんですよ」


「だから、"脈流"が濃い密林地帯でなら体の方は問題ないってことなのかな……?」


「そうなんです。多分この村にいる時よりもずっといいはずですよ」


「ふーん、なんか魔術って色々と面倒なのね」


 ブレダが適当にまとめた時、ふとリューザの視界の端にゼディックとハノンが見えた。


「おいおい、ゼディックの兄ちゃん。これを僕が運ぶだなんて冗談きついよ」


 どうやら、ゼディックがハノンに頭一つ分ほどの大きさの木箱を持たせようとしているようだ。ハノンが野暮ったそうに言うと、ゼディックはそれをものともしない様子で答える。


「そんなこと言っても、俺だって手が空いてないんだ。少しは協力してくれ」


 そんなゼディックにハノンは反発して愚痴を言う。


「僕、こう見えても一応女の子なんだけど。もう少し丁寧に扱ってくれないもんかな」


「そう扱われたいのなら、それ相応の振舞ってのがあるんじゃないの?」


 遠目に見えた、その様子に気が付いたブレダはリューザに小声で呟く。


「あいつ……確かハノンとか言ったかしら。アンタ、あいつには絶対に近づくんじゃないわよ。堂々と盗人を名乗るような時点で碌でもないやつであることは確かよ。いい? 一言でも口を聞いたらダメよ。もし向こうから話しかけてくるようだったら無視しなさいよ」



「そんなこと……」


 そう言い合っているうちに、気が付けば辺りには人だかりができていた。広場には戦いに赴く討伐隊だけではなく、その家族や親しい者たちまでもが集まってごった返しになっている。


 そして、広場の中央を見るといつの間にか鎧に身を包んだナハトが長剣を携えた凛々しい姿で立っていたのだ。周りを見ると、皆の目はナハトへと向けられている。


「皆、今日ここに集まってくれたこと、そしてその命を託してくれたことに感謝する。村のため、そして村の民のため今一度お前たちの力を貸してほしい!」


 ナハトのその声に対して、気合の入った村中の人々の鼓膜を破るほどの声が合わさって地面を揺らすほどにまで響き渡る。

 ナハトは続ける。


「俺たちは必ず勝つ。追い風も俺たちに味方しているはずだ。今こそ一族の呪縛から解き放たれる時。共に力を合わせて我らの自由を手に入れるのだ!」


 再び、広場から声が上がる。

 すると、ナハトは今度は大きく深呼吸をして神妙な雰囲気を醸し出した。そのまま彼は続ける。


「最後に一つだけ言っておく。……くれぐれも早まった真似はするな。緊急時には己と仲間の命を最優先にしろ。これは戦争ではない、敵に背を向けることは決して恥ではない。不利だと思ったらすぐに退避するんだ」


 そう言うナハトの顔は堂々と張りつめてはいるものの、その裏にある悲痛さが見て取れた。恐らく、今の言葉が彼の本音なのだろうか。

 その言葉には、誰一人として呼応することはなかった。その代わりに村人たちは各々が噛みしめて受け止めるのだった。

 

「うむ。では、戦いへと赴くとしよう。皆の健闘を祈る。王の権威の加護よ我々一族とその同朋たちを護り給え!」


 彼がそう叫ぶと、村に集まった者たちは再び呼応して高声を上げるのだった。

 ナハトが鼓舞を終えると討伐隊たちは村に残る者たちに別れを告げると次々に広場を抜けて、西のジュノの森の方へと向かっていく。


「ついに始まるのね……」


 ブレダがまるで現実感がないような様子で静かに口を開く。


「そうだね……」


「いいこと? ナハトさんが言ってたけど、この戦いに命を駆ける必要なんて全くないわよ。ましてやアンタはこの村の部外者なんだから。アンタが命を捧げるべきはこのアタシのみ。こんなところで死ぬんじゃないわよ」


「うん。絶対戻って来るよ、ブレダ」


 そう言うと、リューザは討伐隊たちの後を続くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る