第四十一話 ジュノ編 ~討伐作戦~
「ところで、君たちは一体なぜここに?」
ナハトがそう言うと、室内にいる何人かの視線がリューザたちの方へとむけられる。
臆することなくリューザたちに尋ねるナハトに対して、リューザが答えようとするも、それを遮る。
「俺が連れてきたんだよ。ナハトさん、兵士として狼に対峙できる人数が少ないって嘆いてたじゃないの。戦える人は多いに越したことはないだろ?」
「ふむ……なるほど。それで、ゼディックはこの村とは無関係な旅の方を利用しようと考えているのか?」
そう、嫌らしく質問するとゼディックは萎れたように閉口してしまった。このままではまずいと、リューザはゼディックにフォローを入れるとともに単刀直入に自身の考えをナハトに打ち明ける。
「いえ! これはボク自身が頼み込んだことなんです。余計なお世話になるかもしれないのは重々承知です。でも、どうしても放ってはおけなくて……。勝手な頼みなのはわかっていますが、どうかボクを明日の討伐に参加させてはくれないですか!」
思いがけないリューザの発言にナハトは少し視線を落として考え込むようなしぐさをする。しかし、そんな二人の間にドンガがまたもや割って入る。
「ふんっ! やつらの脅威も知らず、"魔術"すら真面に使えないような小童に何ができる。力の伴わない正義感は持っているだけ無駄だ。足手まといになるようでは話にならんからな!」
「それは……」
語気を強められ口ごもってしまうリューザにドンガは立て続ける。
「そら見たことか。第一、村以外の人間がこの討伐に参加すること自体俺は反対だ。碌な目に合うはずがねえよ」
関わらず見てみぬふりをするのは簡単だ。ただ、それをリューザ自身は決して許せない。目の前に問題を抱えている人がいる以上、彼らをどんな方法でもいいから救いたい。そう思ってやまないのだ。
「お願いします! 荷物持ちでも、囮でも、なんでもやります! 決して足を引っ張るようなことはしません。ですから……」
リューザは必死でナハトやドンガ、この場にいる全員に訴えかけるように声を上げる。そんな必死な様子を憐れに思ったのか、リューザのすぐ隣に座っているゼディックがナハトに口添えをする。
「なあ、ナハト。リューザ君はきっと 下心があるとは思えないだろ? 後ろ側の隊なら安全なはずだ。人数も足りていないことだし、そこに入れてやればいいじゃないか」
「確かに気持ちはありがたい。だが、彼は村外部の人間なんだ。それに関しては村長に指示を仰いでみるしか……」
ゼディックの言葉にナハトが迷い気な表情を浮かべる。
と、その時、テントの入口から唐突に声がかかる。
「その必要はない」
「村長……!」
振り向いて声の主を確認すると、そこに立っていたのはこの村の村長であるガストルだった。その場の多くの者の視線を集めながら、ガストルは話を続ける。
「何やら騒がしいと思って、中を覗いてみれば旅の方が我々への協力をお申し出になっているではないか。我々とて多数の狼相手に戦力が整っているという訳ではない。折角の客人からの申し出だ。村民のみで戦おうなどとプライドを張り合ってなどいられない状況。後にも先にも引けないゆとりのない状況である以上、ここは恥を忍んででも彼の力を借りるべき。そうは思わないか……?」
「ですが……」
ナハトが何かを言おうとするも、ガストルがそれを制止する。
「それ以上何も言うでない」
「…………」
ナハトが黙り込むと、ガストルはリューザを一瞥するとその場を去っていった。
そして、しばしの沈黙の後ナハトが開口する。
「……そういうことだ。村長の許可が出たとあれば俺も君の参加に異を唱える理由はない。リューザ、君の力添えに感謝する。そして、これからよろしく頼む」
「本当ですか!? やったぁ! あっ、ごめんなさい!?」
リューザは思わず無邪気に喜びの声を上げるが、すぐに場違いなことに気が付いて顔を赤くする。
ナハトとガストルの決定に対してゼディックは勝気な表情をドンガに向ける。
「だそうだよ。彼を態々この討伐本部にまで連れてきてやった俺はなかなかのファインプレーだったってわけだ」
ゼディックが得意そうにそういうと、ドンガは苦い表情で彼を一瞬睨むと正面へと向き直った。そんな二人の水面下の静かなる戦いには目を向けずにナハトは平静な態度で話を移していく。
「さあ……彼が明日の討伐に参加することが決まったところで、明日の作戦計画の再確認をしていこう。特にリューザは初めて聞くことだろうから心して聞いて欲しい」
その言葉にリューザは息を吞む。そして、ナハトは右手の人差し指で自身の真後ろにある広い壁をそっと二回たたいて見せる。
するとどうだろうか。
見る見るうちに壁上に幾つもの細い光の筋が走り出し、図面を描き出す。その様子に、リューザとブレダは目を丸くさせる。そして、やがてその光の筋は形を形成してこの辺り一帯を示しているであろう地図を浮かび上がらせたのだ。これも、"魔術"の一種なのだろうか。
地図上では、最南東にジュノ村が置かれ北西へと行くにつれて森や山岳地帯が広がる形になっている。
リューザたちが驚いている中、ナハトは何事もなかったかのように淡々と続ける。
そう言ってナハトは地図上でジュノ村を棒切れで指す。
「俺たちがいるこのジュノ村からジュノの森を北西に抜けると、大河を越えた先はジュノの密林地帯になる。ここより奥地帯は"脈流"が集中しているから、"魔術"を使えるものはそれを惜しむことなく戦えるはずだ。そして脈流と同時にこの密林ではいよいよ俺たちの討伐対象でもある狼が出現し始めるだろう。大河を渡ったらそこから先は緩衝地帯であり死境でもある。気を引き締めるように」
いつの間にかゼディックが気を利かせて用意してくれた席にリューザとブレダは着く。ゼディックを毛嫌いしていそうなブレダだったが、彼のその行動には感心を示す。
「と、ここまでが討伐の前段階だ。重要なのはここから」
ゼディックは地図上の北東から南西へと流れる大河から、今度は指示棒をその大河の対岸へと導く。
「村の中でこの討伐に参加できるものは凡そ60名だ。限られた人数の中で戦力を分断するのは得策とは言えないが、戦力集中によるリスクを避けるために三つの隊に分かれて行動することとする。具体的にはジュノの密林地帯を東西中央ごとに分かれて行動してもらう。まずは、狼の勢力が最も薄いであろう東ルートだ。このルートへは第一部隊に赴いてもらう。そして、この第一部隊の隊長はギャレットだ」
「口数の少ないあいつに隊長なんて務まらないと思うけど」
ブレダが誰にも聞こえないような声でボソッと呟くが、それにリューザを跨ぐようにして頭越しにゼディックが答える。
「ギャレットはああ見えて村では有数の 魔術師だよ。なにせ彼は森のニファ婆さんの血のつながった孫だからね」
「まあ……そうなの!」
ブレダが少し驚いた表情をして見せるが、このことに関してはリューザも驚愕だ。確かに
いくら口数が少ないとはいえど、肉親を前にしてもあそこまで無口とは……。
二人が小さく驚いている間にも、ナハトは説明を続ける。
「第一部隊は10人と人数が少なめに設定されているから、ここにギャレットを投入するのが妥当だろうということだ。……次に中央に向かう第二部隊だが、サーフェナを隊長とする。人数は20人、第一部隊よりは多いが、その分遭遇する狼の数も増えることだろう心しておくように」
「サーフェナって、クレルの病気のお姉さんじゃないの!? 彼女、戦えるのかしら!?」
ブレダが今度はリューザの耳元でそっと囁く。
「わ、わからないよ、ボクにも」
「クレル、サーフェナの容体は?」
「はい。本人も明日の討伐には参加できると言っていましたので、ご安心ください」
ナハトの問いにクレルは速やかに答える。
「第一部隊は西へ向かい密林の最奥にある狼の塒を叩きに行く。この隊は30人で俺が牽引する。それから、ドンガやナギアもこの隊に参加してもらうぞ。狼の棲み処を狙うことから、最も熾烈な戦いとなることが予想される」
そう言われた、ドンガとナギアと呼ばれた痩躯の男は軽く頷く。
「と、ここまでは前回までに伝えた通りだ。そこで第一部隊にハノンを加えさせてもらいたい。というのも、先ほど言ったように狼側で不穏な動きがみられた。具体的には第一部隊の向かう先である密林の東側に狼の影が確認された。発見できた数は四、五頭と多くない。ニファ様が"魔術"で探知されたことだから、この情報の信憑性は限りなく高いだろう。そこまで多くは潜んでいないが、何か仕掛けてくる可能性がある。そこで、ギャレットとともにハノンには第一部隊の主戦力となってもらう。唐突な変更で申し訳ない。もし、彼を外したいという意見があるなら遠慮なく言ってくれ。聞き入れ、急ぎ検討しよう」
その言葉にハノンは高ぶった表情を示す。
一方で円卓側からの反応はなく、皆一様に口を閉ざしている。
「はぁ……仕方ねえ……。わかった。ただし、俺たちの足を引っ張るんじゃねえぞ」
ドンガが場の意見を汲み取るようにしてそう言う。この様子では意を唱える者は誰一人としていないようだ。
「皆の了承に感謝する。……それから、リューザにも第一部隊に入ってもらう。不安はあるが恐らくここが一番安全だろう」
「わかりました」
リューザは毅然とした態度で答える。その様子を見てナハトは軽く頷くと真正面を向いて皆に言う。
「皆明日に備えて、準備が終わったものは十分に休養をとって欲しい。会議は以上だ」
ナハトがそう言うと、その場に集まったものは次々と席を立って外へと流れ出ていく。隣に座っていたゼディックが立ち上がるとリューザは先程の助け舟の礼を述べる。
「ゼディックさん。さっきはありがとうございました」
「気にしないでいい。俺にも誘った責任は一応あったわけだからな。まあ、俺とは隊は違うがお互い頑張っていこう」
そう言って彼が行ってしまったのを見届けると、気が付けばテント内に残っているのはリューザとブレダを含めて数人のみとなってしまっていた。
「ブレダはどうするの?」
「討伐のこと? そうね。なんだかあんまり面白くなさそうだしアタシはパス。"魔術"でどう戦うかは興味あるけど、それのためだけに行くのも面倒だもの。アンタ一人で行ってきなさいよ」
「確かにブレダを危ない目には遭わせたくないからね……。わかったよ」
そう言って二人も本部のテントから出ていくのだった。
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