第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』
第十二話 来訪編 ~残夢と目覚め~
高原に吹き付ける爽やかな風に乗って柔らかい安らぎの香りが運ばれてくる。
気が付くと、リューザの目の前に広がっていたのは小さな村だった。
大きな村というわけではなく、いかにも長閑で牧歌的な雰囲気だ。小川が村の中を流れ、その上に小さな橋がかけられている。上流の方に目をやれば水車小屋が見えた。木組みの家々が立ち並び、村の中心に位置するであろう井戸ではおばさんたちが井戸端会議に花を咲かせていた。畑では村人たちが鍬を振り、耕す度に土の香りが辺りに舞う。
村のそばにある野原に目を向けると、二人の少女がいた。一方は赤いロングスカートに栗色の短髪、もう一方は水色のワンピースに白い長髪をしていた。二人は野原にしゃがんで仲睦まじい様子で歓談にふけっていた。
和やかで平穏な雰囲気を心ここにあらずといった表情でリューザは見つめる。放心状態の彼を、村を覆う暖かな陽気と心地よい風が再び意識の彼方へと誘っていった。
※
暗がりの森林は、木々が折り重なり陰鬱な雰囲気を醸し出す。湿っぽく森を流れる怪しげな空気が、その場所の不気味さを引き立たせる。
そんな森の中、リューザは目を覚ました。仰向けの状態から上半身をゆっくりと上げていく。ふと、今見ていた夢が脳裏を掠める。夢にしては妙にリアリティーを感じるものだったのだ。しかも、生まれてこの方フエラ村以外を知らない彼にとって、他の村など無縁のものだった。あの村は一体何だったのかリューザの内に不安の兆しが差してきた。
目が冴え始めた彼は、そんな不安を紛らわすように周辺へと目をやってみたものの、あるのは同じような木々と木の葉に覆われた暗闇のみだった。
「あれ……ここは……?」
そしてリューザはふと、今自身が踏みつけている地面が多少の傾きを伴っていることに気が付く。どうやら緩い傾斜の上に森をなしているようだ。
少し違和感を感じて手のひらを見つめると、黒い粉のようなものがこびりついている。そして、意識を段々と取り戻し彼の脳も覚醒し始めると、今までの経緯を思い出してカッと目を開く。
「そうだ、ブレダは!」
まごついた様子でリューザが辺りを見渡すと近くの一本の木に背を預けて倒れかかったブレダの姿を発見する。
「ブレダっ、ブレダっ! 大丈夫!? しっかりしてよ!」
リューザは木の下へと駆け寄ると彼女の両肩を掴んで揺らしながら、彼女の名を呼ぶ。
しかし、次の瞬間。
「もう、五月蠅いのよ、このバカっ!!」
その声とともにブレダの重い拳がリューザの顔面へと直撃する。
「ぐぎゃぁぁぁ!!」
リューザは悲鳴を上げる。どうやら彼女の寝言と寝返りのパンチを同時にくらってしまったらしい。
「う、うん……もうなによ……こっちはまだ眠いってのに……」
リューザの悲鳴にブレダは目を覚ました。
「ははは……無事みたいで何よりだよ……」
ブレダのピンピンした様子を見て安堵と苦笑が同時に漏れる。
寝ぼけ眼のブレダであったが、辺りを見回すと頭も少しずつさえてきたようでハッとした表情を浮かべた。
「ちょっと……ここ、どこな訳……?」
困惑するブレダにリューザが答える。
「ここ……あの神殿のあった森の中なのかな……?」
「あら、デジャブかしら?」
「ははっ……ボクも同じこと考えてたよ」
「まさか、あの神殿そのものが幻でアタシたちは実は幻覚見ながら森の中を歩いていましたぁ~、みたいな馬鹿な話なのかしら?」
「取り合えず普通じゃないことは確かだね……」
今の状況を呑み込めないリューザは思考を一旦落ち着かせるために少しの間沈黙する。
「まあいいわ。こうなったらアタシのことをちゃんと家まで送り届けなさい。それが高貴な人に対する当然のレーギってものよね」
「そうだね。……でも、どうしようか。ここがどこかすらボクたちにはわからないよ?」
「取り合えず、湖さえ見つかればこっちのもんよ。この森を下って行けば湖の方に出られるんじゃないかしら。ただでさえ陰気な場所だもの。こんなところ一刻も早く出ていきたいわ」
パルデム湖は山々に囲まれた場所にある。ブレダの言うことにも一理あるかもしれないと彼女の方を一瞬見やった直後、あることに気が付きリューザは思わず二度見する。
「あれ、ブレダ? いつの間に着替えたの?」
「着替えてなんて……」
そう言いかけた彼女だったが自身の服装を見るなり驚愕の声を上げる。彼女の服装は高級感あふれる衣装から一転、薄緑のワンピースに革の靴を履いており地方の村娘のような印象を受ける。彼女がもともと身に付けていたものと言えば両手の指にいくつも嵌められた指輪くらいなものだ。
「何よ、このセンスゼロのダサい服装は!? っていうかアンタもアンタよ! アンタの服装になんて興味なかったから気にしてなかったけど、よく見たらさっきと服装違うじゃない!」
彼女が指さすリューザの方も確かに先ほどまでの服装とは異なっていた。白いシャツに緑の上着のゆったりとした服装から、青のベストに茶色の下衣といった服装に変貌を遂げていたのだ。少し長めだった髪は後頭部に紐で束ねられている。そんな自分の姿を見てリューザもまた狼狽する。
「そんな! ボク、あの服気に入ってたんだけど!」
「もう誰よぉ! アタシを勝手に着替えさせたのは!!」
二人のショックで惨状を呈する中、リューザは周りを見回してみるとあるものが無くなっていることに気が付いた。
「あれ? 頭陀袋も無くなってるよ!」
自身の所持品が見当たらないことに慌てたのかリューザはそこら中を掻きわけて探し出そうと奔走を始める。
「そんなのはどうでもいいのよ! それよりもこうして着替えさせられてるってことは、必然的にこのアタシに触ったってことじゃないの!! 気絶してる美少女の身体に触れるだなんて悪質にもほどがあるわ! 見つけ次第パパに言いつけて村八分にしてやるんだから!!」
ブレダの阿鼻叫喚の中、リューザはふと近くの低木の下に赤い布地がはみ出しているのを見つける。覗き込んでみると リューザが手を突っ込んでみると赤いロングスカートやフード付きの緑の上着、そして麻袋など彼らの持ち物が次々に出てきた。
「全く……。誰がこんなふざけた真似をしたのかしら!」
リューザの様子に気が付いたブレダは安堵の表情でブレダに近づき、一言放つ。
「見つかってよかったよぉ……。ブレダ、ここで着替えちゃう?」
そんな安堵するリューザに対してブレダは怒号を浴びせる。
「バカっ!! こんなところで着替えられるわけないでしょうが!! あーあ。仕方ないから、しばらくはこのダサい服で我慢するしかないのかな……。いいこと? その服はアタシの大事な アンタじゃ一生働いても返せないくらいに高価なのよ。丁寧に運びなさい、いいわね」
「荷物持ちがボクなのは決定事項なんだね……」
彼女と自分の来ていた服を優しく持ち上げた後、ブレダに聞こえないように小声でそうぼやくと、いつの間にか森を下り始めたブレダがリューザの方へと振り返る。
「なんか言ったかしら?」
「ううん、何も言ってないよ……。そうだね、傷まないように気を付けるよ」
「ふふっ! いい心がけだわ!!」
調子よくそう言ってブレダが再び進行方向へと向き直った時、彼女は僅かに叫喚を上げることとなったのだった。
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