第二話 神隠し
「アルマッ……アルマッ……!」
意識が薄れる中、少年は必死に彼の名を叫ぶ。少年の息はもう絶え絶え、足は棒になって感覚がない。斜陽の刻で辺りの鬱蒼とした森は夕闇へと次第に溶け込み暗さが増してゆく。それでも少年は足を止めない。小さな体躯を必死で動かして辺りを見回しながら走り続ける。
「どこに隠れているの! いるんでしょ!」
叫んでもその声は虚しく森に響くのみ。誰もその声に答える者はいなかった。
「リューザ君!」
後ろから突然、少年を呼び止める声が聞こえる。しかし、それでも名を呼ばれた少年は走り続ける。いや、その姿は傍から見れば走っているなど思えないほどにゆっくりとした歩みだ。
そして、右肩を掴まれたとき漸くハッとしてリューザと呼ばれたその少年は後ろへと振り返った。
「フランケントさん……」
そこには大きな体に立派に蓄えられた口髭、垂れ目でリューザを見下している紳士風の男が立っていた。松明を片手に持った中年のその男、フランケント氏はフエラ村の指導者的立場にいる人物だ。優しくも哀れみを帯びたフランケント氏のその双眸にリューザはわけもわからずへたり込む。
「だって……アルマは……アルマは……」
その時。
「フランケントさん」
暗闇の中、二つの灯火がリューザたちの方へと近づいてくる。
セタスと村の青年エトナがそれぞれに松明を持って現れたのだ。
「おお、丁度良かった。この子、リューザを連れて村へ帰って行ってはくれないか。この暗さでは」
「ボクは帰らないよ!」
フランケント氏の言葉にリューザは嗚咽交じりに大声をあげて反抗する。
「リューザ君、君ももう十一なんだ、わかってくれるだろう?さあ、あとは私たちに任せて君は村へ戻りなさい」
「いやだいやだいやだ! アルマを見つけるまでボクは帰らない! 絶対に……絶対に諦めてたまるもんか!」
「小僧」
取り乱すリューザに対して口火を切ったのはセタスだった。そういってセタスは腰を屈めてリューザと視線の高さを合わせて語り掛ける。
「安心しな……お前の親友はこの俺がすぐ見つけてやるさ。なあに、あいつのことだちょっと隠れて驚かしてやろうって魂胆に違いねえ」
「おじさん……」
日はもう完全に沈んで森はすっかり闇の中だ。セタスの松明がなければ足元も覚束ない。
「こんなに暗いんだガキはもう帰りな。安心しろ、明日になればいつも通りまたアルマとも会えるさ」
「本当に……?」
セタスはリューザの目を真直ぐに見て答える。
「ああ、約束だ……。だから、もう村に戻るんだ。いいな?」
「うん……」
「エトナ君、この子を村に送って行ってやってくれるか?」
「お任せください」
エトナと呼ばれた青年はリューザの方へと歩み寄る。
「リューザ、村までは歩いていけるか?」
エトナの問いにリューザは軽く頷く。
「では、俺はこれで失礼します」
「ああ、ここまで連れてきてくれてありがとう、ご苦労だったよ」
セタスが軽く礼を述べるとエトナは会釈で返して、リューザを連れて森の出口へと足を進めていった。
フランケント氏とセタスの二人は村の方へと歩いていく二人をただ黙って見ていた。炎の光が薄暗い森の中で仄暗く闇に溶け込んでいった。
しばしの沈黙の後、フランケント氏が恐る恐る口を開く。
「実は、セタス……あんたには言いにくいのだが……私たちも12人がかりで彼の行方を探してみたのだが全く現れる気配はなかった……。私の方も、夜の森での捜索は危険と判断して打ち切って村の者たちは皆返してしまったよ……」
「…………」
セタスはフランケント氏に背を向けたまま何も答えない。それに対しフランケント氏は続ける。
「それに確かにアルマは少々やんちゃな事をするきらいがあったが、彼は賢明だったしこうして人に心配を掛けさせるようなことは決してしなかった……。それで思ってしまったんだ……本当に神隠しにあったんじゃあないかと……」
「…………」
「すまんな……セタス……」
「ミランジェから聞いて……万が一と思ってこうして来てみたんだけどよ……」
言葉に詰まるセタスの震えがフランケント氏にも痛いほどに伝わってきた。
「まさか本当にそんな万が一のことが起こるなんて……思うわけないじゃねえか……」
振り返ってフランケント氏を見つめるセタスのその目は、大きな体格には不釣り合いな表情で赤く潤んでいた。
夜もすっかり更け、森一帯は暗闇に包まれていた。しかし、夜闇の暗さとは別に何やらどす黒い不気味な空気がどこからともなくこと静かな森に漂っていたのだ。
※キャラクター紹介
リューザ 11歳、フエラ村の少年。アルマの親友であり二人でよくつるんでいた。
フランケント氏 48歳、フエラ村の運営を任されている、村の"管理者"。妻を早くに亡くしている。
エトナ 19歳、フエラ村の青年で父とともに漁師をしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます